有病者のリスク管理「消化器疾患患者の歯科治療」

「消化器疾患患者の歯科治療」

 歯科学術委員会は、五月十九日にシリーズ研究会「有病者のリスク管理」を浦野文博氏(豊橋市民病院消化器内科部長)を講師に開催した。歯科学術副委員長田知正氏の報告を以下に掲載する。

歯科治療に際しての問題点
 講演では、肝臓の構造や機能、肝臓疾患の症状や治療など基礎知識から最新の臨床まで幅広く丁寧にお話しいただいた。ここでは、歯科治療時の留意点および、院内感染対策の部分についてまとめた。
B型肝炎・C型肝炎・肝硬変の患者には、以下の点で留意する必要がある。
(1)門脈圧亢進がおこり、血球成分が減少する(血小板と白血球の減少)、(2)機能不全により蛋白合成能低下する。そのためアルブミン低下、血液凝固能低下がおこる。また、解毒能低下による、薬物代謝低下がおこる。

血小板減少、凝固能低下による出血傾向

 PT(プロトロンビン時間)が正常値の一・五倍以内の場合、通常歯科治療には問題ない。一・五倍以上の場合、新鮮凍結血漿が必要となる。血小板が五万以下の場合、局所の止血処置が必要。三万以下の場合は血小板輸血を考慮する。
アルブミンが低下することで、創傷治癒遅延がおこる。また、薬物作用ならびに毒性が増強するので徹底した術後管理、感染予防が求められる。薬物代謝が低下するのを考慮し、投薬は有効最少量を短期間投与とし、腎排泄性薬物を選択する。

院内感染対策について

 スタンダードプレコーション(標準予防策)が基本である。これにより、患者を交叉感染から守るとともに、医療従事者の職務感染を防ぐ。日本医学会が監修し、今年三月に発行された書籍「エビデンスに基づく一般歯科診療における院内感染対策」(永末書店二千四百円)が参考となるのでぜひ参考にしていただきたい。
具体例として次のことがあげられる。

(1)血液・体液に触れる時は手袋を着用
(2)手洗い(直ちに流水と石鹸で、場合によっては消毒)
(3)(血液・体液が飛散する時は)ゴーグル、マスク等で防護。白衣なども通常の物ではなく、ビニール製等の血液、体液等が浸透しない素材の物を使用する事が望ましい。
(4)感染性廃棄物の分別、保管、運搬、処理の適切化

 器具の消毒は、適応可能な物は全てオートクレーブにかけることが原則。またできる限りディスポーザブル製品を使用する。
 器具消毒については、感染リスクの高低によって消毒薬使用の基準が示されている。また、消毒薬にも水準があり、次のような分類がされている。

[高水準消毒薬]グルタラール、フタラール、過酢酸など。細菌やウイルスに対しては、ほぼ一〇〇%有効だが、多量の細菌芽胞は不活化できない。非常に毒性の高い薬液であり、使用については細心の注意と十分な換気を必要とする。
[中水準消毒薬]塩素系、アルコール系、ヨード系など。通常の細菌には有効だが、細菌芽胞は不活化できない。

[低水準消毒薬]クレゾール石鹸など。ウイルスの一部、細菌芽胞や結核菌には無効。
[その他]事前質問にあった強酸性電解水(イオン水、オゾン水等)は、蛋白の混入等で劣化しやすいという不安定な性状がある。したがって使用は推奨されていない。やむを得ず使用する場合は、有機物を十分洗い流し、溶存塩素濃度とpHを確認する(溶存塩素濃度により効果にバラツキがあるため)。

術者・介助者の感染事故対策

 飛散血液、体液等が付着した場合、ただちに汚染部位の洗浄を行う。針刺しや切り傷の場合は、周囲を圧迫して血液を絞り出しながら流水で洗う。その上でイソジンに三~五分浸す。事故発生直後に速やかに行うことが重要。洗浄後、患者の同意を得てその患者が肝炎やHIV、梅毒等の感染患者かどうか検査を行う。そして、検査結果をもとに対策を実施する。
 基本は迅速な検査、判定、対策である。豊橋市民病院では二十四時間検査可能で、判定まで二時間という体制をとっている。このような体制のある病院を近隣で把握しておくことも重要。
 針刺し事故の発生状況をみると、リキャップ時の比率が高い。リキャップは原則行わないことを徹底する。やむを得ずリキャップする場合は、置いてあるキャップをすくうようにすると事故が少ない。
一回の針刺しで発症する確率は、HBeAg(+)の場合でおよそ三〇%、HBeAb(-)の場合は二%、HCVは三%、HIVは〇・三%というデータがある。
 患者がHIV感染者であることがわかっている場合は、二~四時間以内にHIVの抗ウイルス薬を服用することで、感染の危険性が低減する。ただし、実際の服用に際しては、副作用の問題等も考慮する。
 患者の血液検査を行うのと同時に、針刺しした本人の血液検査も実施する。職員の場合、労災認定との絡みがあり、受傷直後の血液検査で感染の有無を明らかにしておく必要がある。
 HBVの場合、免疫グロブリンとワクチンで対応できる状態である。これらは受傷直後迅速(四十八時間以内)に投与されるのが望ましい。両剤を併用することで、極めて高い肝炎発生抑制効果が得られる。
 HCVの場合は、急性肝炎発症後にインターフェロン(IFN)治療を行った四十四名中四十三名(九八%)が完治したというデータがあり、IFN治療で慢性化をほぼ完全に防止できると報告されている。ちなみに、完治しなかった一名は副作用のため、治療を完遂できなかったケースである。また、IFN治療抵抗性の患者から針刺し事故により感染しても、急性肝炎発症後のIFN治療でHCVを排除できるという報告もある。

 引き続き、医科も歯科も一週間前に連絡するよう要望していく。

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