有病者のリスク管理「呼吸器疾患患者の歯科治療」

「呼吸器疾患患者の歯科治療」

歯科学術委員会は、3月3日にシリーズ研究会「有病者のリスク管理」を
野村史郎氏(名古屋第一赤十字病院健診部長)を講師に開催した。
歯科学術委員田辺芳孝氏の報告を以下に掲載する。

〔1.呼吸器疾患患者の特徴〕
外見的な特徴には赤あえぎ型と青ぶくれ型がある。肺気腫患者は赤あえぎ型・口すぼめ呼吸で、慢性気管支炎患者は青ぶくれ型・チアノーゼがみられる。また、慢性呼吸不全の患者の多くに「ばち状指」がみられる。

〔2.気管支喘息〕
喘息は空気の通り道である気道に「炎症」が起き、空気の流れが制限される病気で、発作的に咳、喘鳴、呼吸困難が起きる。治療により回復し、可逆的であるが、長期間罹患している成人の喘息患者では気道の壁が厚くなり、肺気腫と区別がつかなくなる。
気管支喘息の薬物療法はリリーバー(発作を止める)として、β2刺激薬の吸入、ステロイド薬の全身投与、抗コリン薬、短時間作用性β2刺激薬の経口投与があり、コントローラー(発作の予防)として、吸入ステロイド、ステロイド薬の全身投与、抗アレルギー薬、長時間作用性β2刺激薬の吸入・経口投与がある。ステロイド使用の有無が重症度の一つの判断基準になり、ステロイド使用患者はステロイドを使用しないと発作はおさまらない。
歯科治療中に発作が出た場合の対処は1.ただちに歯科治療を中止し、呼吸困難の少ない体位(座位)にする、2.患者が通常使用している薬剤を使用してもらい、主治医に連絡する、3.呼吸困難が強く会話が困難であれば専門医へ連絡、4.チアノーゼがあれば充分加湿した酸素吸入(二酸化炭素を溜めない様に1~2L/分の少量で始める)を行う。
喘息患者の歯科診療時の注意点として以下があげられる。
1.問診で季節性の有無、発作の起こる時間帯・姿勢、最近の喘鳴の状態、入院歴、ステロイド使用の状態を把握する。
2.喘息日誌をつけている場合はピークフローメーター値(PEF値)を確認。PEF値は、自己最良値の80%以上、日内変動率30%以内が喘息の軽症度の判断の一つである。
3.治療当日は、吸入薬などのリリーバーを持参してもらう。
4.解熱鎮痛剤は慎重に投与する。酸性の解熱鎮痛剤は塩基性剤よりも発作を起こしやすい。塩基性解熱鎮痛剤の例としてはソランタール、カロナール等がある。
5.禁煙の環境をつくる。
6.刺激臭でも発作が起こるので吸引しながら治療を行う。

〔3.慢性閉塞性肺疾患(COPD)〕
COPDには肺気腫、慢性気管支炎がある。進行性で完全に可逆的ではない閉塞性換気障害(気流制限)を特徴とする。
歯科治療中に予測される緊急事態と対処法は以下の通り。
1.細菌感染による急性増悪(黄色~緑色の膿性痰、発熱)→主治医へ連絡。
2.窒息(気道閉塞)→吸引、体位ドレナージ(楽な体位)
3.呼吸困難→低流量(0.5~1.0L/分程度・二酸化炭素が溜まらない為に)の酸素投与、チェアは楽な所まで頭部を上げる。
4.喘息様発作→喘息発作に準じて対応。
5.気胸→突然の呼吸困難時は救急車をよぶ。

〔4.在宅酸素療法(HOT)〕
在宅酸素療法の保険適用患者は、高度慢性呼吸不全例、肺高血圧症、チアノーゼ型先天性心疾患である。
歯科治療時に予測される緊急事態と対処法は以下の通り。
1.喀痰→治療前にできるだけ排痰させる。治療時の体位変換によって痰が出る事がある。
2.咳→刺激性のガス吸入や切削時の注水に注意が必要。
3.呼吸困難→楽な姿勢を保ち、治療時間はできるだけ短く。
4.気道内異物→まず咳をさせる。ハイムリッヒ法は臓器損傷のリスクがありすすめられていない。自発呼吸がない場合等限定した場合にのみ行う。
5.気胸および2次感染による急性増悪への対応はCOPDの場合と同じである。
大量の血痰(血液が混入する事)および喀血(血液そのものを喀出する事)が出た場合は、1.気道の確保、2.呼吸循環状態の監視・モニタリング、3.患側を下とする側臥位または患者の楽な体位への変更を行う。喀血については緊急性があり早期の対処が必要。
パルスオキシメーターによるモニタリングの際は、異常ヘモグロビンの量が多すぎる患者、心肺蘇生処置をしている患者、爪にマニュキアが塗られているなどでSpO2が正しく測定できないケースがあるので注意が必要。

〔5.肺癌と外来化学療法中の注意〕
肺癌は、非小細胞癌(腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌)と小細胞癌に区分される。
在宅期間をのばしたいという患者の要望や、入院日数の短縮のために外来での通院化学療法が推進されている。このため今後外来化学療法中の患者が歯科を受診する機会が増えることも考えられる。
外来化学療法中の患者の注意点は、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少)、悪心・嘔吐、口内炎である。一番リスクが高いのは、点滴を受けて2週間後ぐらいで、点滴を受けた直後と受ける前は比較的リスクは低い。

〔6.感染症〕
肺結核、インフルエンザ、MRSAなどが感染症の代表疾患である。感染症に対しては、1.標準予防策、2.感染経路別予防策―空気予防策(結核)、飛沫予防策(インフルエンザ)、接触予防策(MRSA)―をとる。
抗生物質の皮内テストは、現在行われなくなっている。しかし抗生物質投与時には、アレルギーについての確実な問診、蘇生を行う準備、充分な患者の観察が必須となる。

[主な質疑応答]
・アスピリン喘息患者への鎮痛剤投与について→酸性の薬剤で多く発作が起こるが、塩基性でも起こり得る。絶対安全な薬剤はない。できれば患者が以前服用して発作が起こらなかった薬剤を投与する。
・喘息発作時の体位は→座位で対処する。
・施設での低肺機能患者の口腔ケア実施の留意点→SpO2を測定しながら処置を行い、SpO2が九〇%を切る場合や、呼吸が弱くなったら処置を中止する。処置時にO2カニューレを口角から口腔内に挿入し口呼吸で対応してはどうか。

ページ
トップ