歯科医療と隣接医学研究会報告

糖尿病患者の歯科治療上の留意点
歯科部員 田辺 芳孝

協会歯科部会は、8月28日(日)に「歯科医療と隣接医学研究会」を開催した。今回は、愛知学院大学歯学部顎顔面外科学講座准教授の宮地斉氏を講師に、「歯科医師が知っておきたい医科疾患のポイント 糖尿病患者の歯科治療上の留意点」のテーマで行われた。
講演の概要を歯科部員の田辺芳孝氏がまとめたので、掲載する。

Ⅰ.糖尿病とは

インスリンの作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝性疾患群のこと。日本での糖尿病有病者(糖尿病が強く疑われる人)の割合は、男性で19.7%、女性で10.8%である。1型糖尿病は主に自己免疫機序による膵β細胞の破壊によりインスリンが絶対的に欠乏して発症する。一方、2型糖尿病は、自覚症状がないまま徐々に病態が進行し、血糖値やHbA1cの異常が指摘されて初めて診断に至るケースが多い。
糖尿病の合併症として①糖尿病性腎症(人工透析が必要)、②糖尿病性網膜症(失明原因の第1位)、③糖尿病性神経障害(歯科では、麻酔や抜歯後に神経麻痺が起こることがある)、④心筋梗塞、⑤脳梗塞があげられる。

Ⅱ.糖尿病と歯科の外科処置について

(1)糖尿病患者は易感染性なので、外科処置を行う際には術前に局所の除石処置、消炎処置を行うこと。また、術前2時間前に通常投与量のアモキシシリン(サワシリン等)を投与してもよい。
(2)歯科開業医で外科処置を避けた方が良いケースとしては、①1型糖尿病患者に対する比較的大きな侵襲の観血的処置、②糖尿病治療の中断もしくは治療がなされていない場合、③HbA1cの値が7.0%台なら注意が必要、8.0%台は避けた方が良い。
(3)ニューキノロン抗菌剤(クラビット等)やNSIDs(非ステロイド性消炎鎮痛剤、ロキソプロフェン等)と糖尿病薬のスルホニル尿素薬(アマニール等)を併用すると作用が増強し、低血糖をきたす事がある。
(4)低血糖症の対処法。意識がある場合は砂糖を10gまたはブドウ糖を含むジュース150~200mlを与えるとよい。しかし、歯科開業医で低血糖の判断は難しい。このため、診察時に食事を摂ったかどうかを確認しておくことが大切である。
(5)エピネフリン含有の歯科用カートリッジ麻酔薬の使用について。エピネフリンのβ2作用により肝臓ではグリコーゲンが分解し、嫌気的解糖が進む。その結果、血糖値が上昇するので、糖尿病患者への使用は原則禁忌とされている。しかし、エピネフリンを含まない麻酔薬は効き目が弱い場合が多く、患者は不安や痛みによって体の中でエピネフリン(内因性カテコルアミン)を産生する。この内因性カテコルアミンの量は麻酔薬に含まれているエピネフリンの量の数百倍にあたり、これによって血圧が一気に上昇し脳血管障害を引き起こす危険性がある。エピネフリンを含んだ麻酔薬を糖尿病患者に使用する際には、愛護的にゆっくりと時間をかけて麻酔薬を注入し、薬剤の効果が十分現れるまで5~6分待ってから外科処置を行うのが望ましい。

Ⅲ.抗菌剤の適正使用

愛知学院大学歯学部附属病院では、抜歯後術後感染予防の抗菌剤投与は①サワシリン(アモキシシリン・合成ペニシリン製剤)、②ケフラール(セファクロル・セファム系抗生物質)、③ダラシン(クリンダマイシン・リンコマイシン系抗菌剤)の3剤から選択している。服用後の血中濃度や耐性菌の観点から第三世代セフェム系抗生物質(フロモックス、バナン、メイアクト等)は、術後の感染予防としては投与していない。

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