(愛知保険医新聞2019年3月25日号)
医の倫理というと、再生医療、遺伝子医療など先端医療の高度化が進み、最近でもゲノム編集の双子が中国で出産というニュースをめぐり、その倫理上の問題が取り沙汰されている。また、インフォームド・コンセントの考え方は、今やすっかり市民権を得ているかのようでもある。
しかし、「医の倫理」「インフォームド・コンセント」は、どちらも第二次大戦や日中戦争などの時代を経て確立されてきたことを忘れてはいけない。
ナチスドイツのユダヤ人や障害者の虐殺などの非人道的行為には、医師の関与が大きな問題としてあげられている。このような実態は、戦後の裁判で非難され、1960年代からの患者の自己決定権の考えや、治療(試験)の目的・方法・予想される利益・危険性などを十分に説明した後に患者(被験者)の自由意志による納得と同意を得ることとして、インフォームド・コンセントの考えにつながっている。
日本でも、15年に及んだ日中・太平洋戦争中に、旧満州で行った731部隊による3000人以上にのぼる「人体実験」「生体解剖」等の非人道的行為が医学者・医師が関与して行われた。ドイツ医師会がナチスへの協力と戦争犯罪に対する反省を表明する声明を出し、その後ドイツ精神医学会も犠牲者や遺族のための追悼を行い、謝罪を行ったのに対し、日本では、事実の隠ぺいが行われ、関与した医学者たちは裁かれることなく戦後医学会の重要な地位に就くなど、国と医学会の謝罪や検証は不十分なままとなっている。
宇宙物理学者の池内了氏(名古屋大学名誉教授)は、保険医協会で講演した際、長崎大学医学部での講義の様子を紹介し、「『医の倫理綱領』(日本医師会、2002年)はとてもよいことが書かれているが、一つ足りないものがある。それを考えなさい」と学生に問いかけていると述べている。足りないもの、それは過去の戦争に日本の医療界が加担した歴史を振り返り、医学者・医師の責務を明らかにし、未来への教訓を導き出すことにある。
このように、戦争と医の倫理の検証は、なお今日的な課題といえる。「戦争と医の倫理の検証を進める会」が保団連とともにこの問題を取り上げるパネル展とシンポジウムが4月に名古屋でそれぞれ開催される。命を救うことが使命である医師が、再び生命を奪う側に立たないよう、この機会に「医の倫理」を考えてみたい。