呼吸器疾患患者の歯科治療上の留意点(下)
歯科学術副委員長 三浦 正典
3月5日号に引きつづき、1月19日(土)に開催した歯科隣接医学研究会「呼吸器疾患患者の歯科治療上の留意点」の講演概要を掲載する。
3.慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic obstructive pulmonary disease)
たばこ煙を主とする有毒物質を、長期間吸入することによって生じる肺の炎症による病気である。主に肺胞系の破壊が進行して気腫型(肺気腫病変優位型)になるものと、主に気道病変が進行して非気腫型(気道病変優位型)になるものがある。COPDの患者数は全世界的に増加しており、2020年までに全世界の死亡原因の第3位になると推測される。
COPDの診断は、症状の有無に関わらず喫煙等の危険因子に対する暴露歴と、完全には可逆的ではない気流制限の存在に基づく。慢性の咳と痰があり、危険因子がある患者には呼吸困難がなくても気流制限の検査をすべきである。診断と評価に関しては、スパイロメトリーが最も再現性が高く標準化された方法であり、最良の診断基準である。気管支拡張剤投与後のFEV1/FVCが70%未満であることが必須条件であり、FEV1の%予測値でステージを決定する。診断と管理に携わる医療従事者は、スパイロメトリーを使用すべきである。
※酸素療法の注意点…低酸素血症だからといって、基礎となる病態を把握しないままに酸素を投与すると危険である。COPD患者など慢性的に酸素不足になっている状態の人が高濃度酸素を吸うと呼吸機能が働かなくなり呼吸停止することがある。これをCO2ナルコーシスと呼ぶ。
※在宅酸素療法(HOT: Home Oxygen Therapy)…HOTは1985年に健康保険が適応され、その後届出制の廃止、肺高血圧症や慢性心不全に対する適応拡大などにより、現在では在宅医療の中で最も普及している治療法である。実施中の喫煙や火気などによる重度熱傷に注意する。熱傷の危険因子として「ひげ」がある。ひげのところに酸素が貯留するので、ひげそりを勧めること。また、アルコールや油分、加湿酸素を使ったヘアスプレーなどの整髪料ではなく、水分をベースとしたヘアジェルが望ましい。対象となる疾患はCOPD、次いで肺線維腫症・間質性肺炎、肺結核後遺症などである。
4.結核
結核とは、結核菌(Mycobacterium Tuberculosis)に感染することによって発症する病気。肺に感染して症状を引き起こすことが多いので、咳や痰などが主要症状として知られている。
※結核の基礎知識…結核菌は飛沫核の吸入により飛沫感染する。感染しても発病(一次結核)するのはごく一部である。結核菌が免疫力を上回る時は、発症(初感染発病)する。多くの場合は感作成立(ツべルクリン反応が自然陽転)後、潜在性感染の状態で推移する(免疫によって菌の活動は停止するが、死滅せず、そのまま体内にとどまる)。しかし、免疫力低下などにより体内に残った菌が再び活発化すると、結核が発症(既感染発病)する。
※結核の症状…肺結核の症状は感冒と類似し、持続的な咳・痰・微熱、全身倦怠感、寝汗、体重減少、胸痛、喀血。肺結核が一番多いが、粟粒性結核、結核性髄膜炎、脊椎カリエスなど(肺外結核は約1割)もある。
5.肺炎
肺炎は、気道を通して侵入した細菌やウイルスなどの病原体が、肺内で増殖し炎症が引き起こされた状態である。市中肺炎と院内肺炎に分ける。市中肺炎は、自宅など日常生活の中で発症したもので、さらに細菌性肺炎と非定型肺炎に分類される。院内肺炎は、病院に入院後48時間以降に発症した肺炎である。予防として、肺炎球菌ワクチンがある。
※肺炎球菌ワクチン…2014年予防接種法政省令の改正により、同年10月から定期予防接種に導入され、B類疾病として実施された。B類疾病は「個人の発病又はその重症化を防止し、併せて蔓延化の予防に資するため、特に予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病」として区分され、従来の二類疾病に相当する。接種を受ける法律上の義務はなく、かつ行政からの推奨もなく、自らの意思で接種を希望する者のみにおこなわれている。小児用肺炎球菌ワクチンは、WHOが2013年度から最重要ワクチンの一つとして勧告している。
○抗菌剤の適正使用について
様々な抗菌剤を使用すると、薬剤耐性菌が生じやすくなる。術後感染予防の為の抗菌剤投与については、次の3つの薬剤(サワシリン、ケフラール、ダラシン)に限定するようにする(重要)。
①サワシリン(アモキシリン)は、ワルファリンの作用が増強する恐れや、避妊薬の効果が減弱する可能性があることに注意する。
②ケフラール(セファクロル)は、持続性顆粒(L)と胃腸薬(制酸剤)との同時服用は避ける(2時間以上間隔をあければ大丈夫)。
③ダラシン(クリンダマイシン)は、ペニシリン系、セフェム系にアレルギーがある場合に使用する。
第三世代セフェム系抗生物質には、次の5つの問題があり、安易に投与しないこと。①バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)が低い。②殺す菌が中途半端。③偽膜性腸炎を起こしやすい。④小児では重篤な低カルニチン血症、低血糖のリスクがある。⑤耐性菌が増え、本当に必要な時の効果が減じてしまう。
風邪をひいた時には、抗菌剤を使わない。適応外使用について注意する。(おわり)