(愛知保険医新聞2019年9月15日号)
先日、ある患者さんが久しぶりに来院された。後期高齢者の方で、今も現役で会社役員をされており、出張の連続でなかなか来院できないらしい。今回は上下の入れ歯が破損し、食事のたびに痛く、長期出張を前に何が何でも治したいと来院した。旅の途中で義歯が破損してはいけないと思い、慎重を期して治療し、調子が良くなったと喜んでもらえた。窓口での会計の際、署名のお願いをすると快く応じてくださった。この時、署名をしながら「手の震えを直すために脳の中に電極を入れて焼く手術を受けた。おかげで手の震えが収まった。保険が利いてよかった」と言われた。この方は噛み込みが深く、くいしばりもあるのだろう。歯科において保険が利くプラスチックの入れ歯では、すぐにフレームにひびが入ってしまうのだ。
その点フレームを金属で作成する義歯(いわゆる金属床)は丈夫であるのだが、保険が利かない。その金属床の義歯は、私が37年前、学生実習で製作した。今やインプラントさえも模型での学生実習が行われる時代だというのに、医科の先生には信じられないような制限診療が歯科の中に残っている。さらに現役の歯科技工士の半数以上が五十代ということもあり、金属床という技術の伝承は風前の灯火である。
もう一つ、9月2日付の全国商工新聞を見て驚いた。ある個人業者は、年間所得が73万円なのに国保料が11万円にもなるというのだ。高すぎる国保料は国民生活を「もう限界」に追いやっている。国保は、国民の4人に1人が加入しており、国民皆保険制度の重要な柱である。現在、高齢者と非正規雇用などの不安定な労働者が加入者の8割近くを占める。低所得者が多いのに「共助」の考えで保険料が高くなるという構造的な問題を解決するためには、全国知事会が求めている公費1兆円の投入と、「均等割」と「平等割」をなくすことで、全国平均16万円が軽減される。今のままでは3割の窓口負担さえ高いのに、高すぎる国保料と消費税増税の追い打ちで、歯科治療どころでなくなることは、目に見えている。
私達の願いである、保険でより良い歯科治療ができることを実現しようと思うなら、当事者である私達歯科医師が力を出して署名を集めることが大切だ。この歯科医療改善の署名は、歯科医師だけでなく患者さんにも希望を指し示す羅針盤になる。もう一歩踏み出して署名を集めよう。