愛知保険医新聞2025年7月25日号掲載
みよし市 市原 透
「勤務医は『医師の働き方改革』をどう診るべきか」と題する講演で、群星(むりぶし)沖縄臨床研修センター長の徳田安春氏(以後、氏とする)の、37年間に及ぶ苦闘を拝聴した。ともすれば関心が薄れがちな、遠い沖縄の苦境に立つ医療の現状を知ることができたことは、私にとって大変有意義であった。
医師の燃えつきやmoral injury(道徳的負傷)、さらにmental injury(精神の変調)を招く過重労働について、氏の英文での投稿内容が紹介された。週の就業時間を、50時間以上10時間ごとに90時間超に分け、90時間を超えるとバーンアウト比率は30%を超え、うつ病の発症率は46%に至るというデータであった。スタッフの減少によって労働環境は苛酷になり、そのため良心に大きく反する状態や、自身の核となる価値観を脅かす状態に直面する時に生じる特別なトラウマが、若い医師のさらなるバーンアウトを招くという。働き方改革は、宿日直許可乱発により実質的に労働時間は減らず、医師数の増加が不可欠なのに、業務時間のカウント操作で根本解決が先送りされる結果となっている。
沖縄県は、医師偏在指標では医師多数県とされているが、内科、外科、脳神経外科の医師数は全国平均より少なく最低ランクに近い。また医師数は、2026年から2036年の10年間での増加率が、65歳以上で76.5%と高齢化が顕著に進むという。医師1人、看護師1人、薬剤師1人の体制で、24時間365日の診療を強いられる離島医療は、働き方改革の概念とはおよそ相容れない。若い医師なら学会にも行きたいであろうし、休みも取りたいであろう。高齢医師なら病気にもなるであろう。そのため沖縄本島からの応援が不可欠であるが、本島自体の医療事情も医師不足のため切迫している。一方、国土交通省は北海道、本州、四国、九州、沖縄本島の五島を除く島を離島としている。今般、沖縄県の初期研修医募集定員は、2020年の183人から、2024年の164人へと、19人も減らされた。多くの離島を抱える沖縄県には、特別の配慮が必要なはずである。
また離島医療においては、ヘリによる患者搬送は欠かせない。しかし、長崎県壱岐島沖で今年4月に医療搬送用ヘリコプターが墜落し3人が死亡、うち1人が32歳の医師であったとする痛ましい事故があった。氏も以前、尖閣沖を航行する船舶内の傷病者の救援にヘリで向かったが、悪天候のため死をも覚悟した経験を紹介され、胸に迫るものがあった。
現下、沖縄の医療現場の崩壊を防ぐためには、当面は65歳前後の医師の再教育を進め、本島ならびに離島医療を守っていかざるをえないとする。
しかし、根本的には医師の絶対数の増加が必要である。若手医師の最前線の現場からの離脱を防ぐには、第一に医師数を増やして実質的な労働環境の改善により、働き甲斐のある職場を作っていかなければならない。ワークライフバランスを重視してバーンアウトを防ぎ、かつて医師を志したころの思いを挫けさせない施策が必要である。
この度の講演を拝聴して、今や高齢医師となった自らを置き換えて考えてみる絶好の機会となった。