愛知県保険医協会勤務医の会
2024年4月から医師の時間外上限規制が開始された。愛知県保険医協会勤務医の会では、医師の働き方改革が医師の労働改善につながっているのか調査するため「勤務医の働き方実態調査アンケート」を行った。期間は2024年9月から10月末まで取り組み、103件の回答が寄せられた。
1.回答者について
回答者の性別は、男性78人(75.7%)、女性22人(21.4%)、その他・回答しない3人(2.9%)。年齢は、20代3人(2.9%)、30代19人(18.4%)、40代26人(25.2%)、50代29人(28.2%)、60歳以上26人(25.2%)だった。
時間外労働時間上限が960時間のA水準が73人(73.0%)、時間外労働時間上限が1,860時間のB水準・連携B水準・C水準が17人(16.0%)、その他や無回答は13人(12.6%)だった。
回答者のうち宿日直をしているのは60人(58.3%)、宿日直をしていないのは43人(41.7%)。オンコール(待機)があると回答したのは55人(54.5%)だった。オンコールと宿日直の関係では、オンコールも宿日直も行っているのは39人(41.7%)、宿日直のみ行っているのは20人(21.4%)、オンコールのみは16人(17.1%)、オンコールも宿日直もないは26人(27.8%)だった。
2.医師の働き方改革による変化――時間外労働など「変わらない」が多数
医師の働き方改革によって時間外労働の変化は「変わらない」との回答が76人(74.5%)だった(図1)。
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休日の日数の変化では「変わらない」が89人(86.4%)、給与の変化では「変わらない」が66人(64.1%)といずれも多数を占めている。給与については増減があったのは33人(32.0%)で、給与の増加理由で多かったのは「時間外手当が増えた」11人、給与の減った理由で多かったのは「時間外手当が減った」13人、「宿日直手当が減った」7人だった。
3.日直・宿直――患者対応あり充分な休息とれず
日直の業務について回答のあった67人のうち、「患者対応が頻回にある」と回答したのは30人(44.8%)と回答者の半数近くに達し、「ときどきある」29人(43.3%)も合わせると59人(88.1%)と9割近くになった。
宿直の業務については、回答のあった61人のうち「患者対応が頻回にある」が24人(39.3%)、「ときどきある」28人(45.9%)も合わせると52人(85.2%)と同じく9割近くになった(図2)。
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宿直での休息について回答があった61人のうち、「充分な睡眠が取れないことが多い」は21人(34.4%)、「充分な睡眠がとれない場合がある」は18人(29.5%)、「軽度又は短時間の業務で充分睡眠がとれる」は15人(24.6%)、「いつも充分な睡眠がとれない」は7人(11.5%)だった(図3)。
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今回の調査では、日直や宿直で患者対応が「頻回にある」「患者対応がときどきある」が回答者の9割近くを占め、宿直で「充分な睡眠がとれないことが多い」「いつも充分な睡眠がとれない」との回答も4割を超えた。日直や宿直の負担の重さを示している。
医師の時間外労働の上限規制への対応で、全国的に「宿日直許可」の許可件数が急増した。「宿日直許可」が認められれば、その時間は労働時間としてカウントされない。ただし、「宿日直許可」は労働密度が低く充分な休息がとれることが条件となっており、「宿日直許可」がある状態で通常業務を行っているのであれば、その時間は労働時間としてカウントされなければならない。「宿日直許可」が実態に見合っているのか、時間外労働の上限規制の抜け道になっていないか実態把握が求められる。
医療機関にとっては「宿日直許可」をとり地域医療を維持しなければならず、現場で診療にあたる医師は患者が来院すれば対応をしなければならない。ともに地域医療を守るために努力をしているにも関わらず、医師に負担が集中し現場では軋轢が生じている。国として「宿日直許可」の実態把握とともに、実態に見合わない「宿日直許可」が生じないよう改善をするべきである。
当直明けも「帰宅したら業務回らない」
また、9時間以上の「宿日直許可」がある宿日直は、勤務間インターバルとできる。休息が取れていなくとも休息時間とみなされ、宿日直を挟み連続した勤務が可能になる。
宿日直明けの業務(医師の働き方改革後)を聞いたところ、回答のあった69人のうち、「通常業務」が37人(53.6%)、「半日休み」が23人(33.3%)、「一日休み」が5人(7.2%)だった。半数以上が宿日直明けも通常業務に従事している。「1日休みの体裁だが実情は働かざるを得ない」「1日職務免除をとることはできる(とっている医師もいる)が、個人的には業務の関係で実際は不可能」と宿日直明けの休みもとれないとの声もあった。
自由記載では「当直明けに帰宅したら業務が回らないので、当直明けも通常勤務です。状況としてそれが仕方のないことならば、せめて給料を上げてほしい」「時間外の診療や救急医療などの、肉体的かつ精神的に負担が非常に大きい診療に対する評価をもっと行うべきである。さらにそれは、それ以外の診療への評価を下げて行ってはならない。公的医療費の総枠拡大が必要である」など、献身的に地域医療を支える現場への評価の改善を望む意見が寄せられた。
4.自己研鑽――「自己研鑽で働く時間が増えただけ」
対価なしの自己研鑽について、「減った」6人(5.8%)、「変わらない」79人(76.7%)、「増えた」13人(12.6%)、「わからない」5人(4.9%)だった。これまで「時間外労働」で行っていたが、自己研鑽になったもの(複数回答)として、多い順から「学会や外部勉強会」20人、「専門医取得・更新に関わる症例報告作成・講習会参加」18人、「診療ガイドラインの勉強」「論文作成」各17人、「院内学習会」16人、「症例報告作成」14人、「手術や処置などの予習・振り返り」13人などの回答があった(図4)。
自由記載では「時間外請求できる時間が限られて、自己研鑽で働く時間が増えただけ」(30代・産婦人科)、「若手を見ていると、休みは増えて、総勤務時間は減っているが、時間外が減るわけではなく、システム上むしろ増えている。一方で業務を自己研鑽で申請するように促すわけにはいかない」(50代・小児科)と自己研鑽が労働時間の調整弁になっていることへの不満やとまどいが寄せられた。
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5.地域医療への影響――「時間外救急は断り」「外科などで医師の確保が厳しくなる」
自由記載で意見を聞いた。回答では、「夜間緊急手術を制限した病院が増えてしわ寄せがうちに来る」(40代・外科)、「近隣の病院では当直・待機を部分的に止めており、当院への影響は出ている」(50代・小児科)、「時間外救急は基本的に断り、夜勤体制の病院を案内するようになった」(30代・内科)、「急病センターに出務する医師の不足で診療を閉じていく方向になっている」(40代・小児科)、「集約化が進むことで患者さんの病院までのアクセスが悪くなること」(50代・内科)など救急夜間体制への懸念が複数出された。
また、「患者数は変わらないので、業務量も変わらないと思う。より短い時間で多くの業務を捌くことを求められ、医療の質の低下が心配」(30代・内科)、「現場スタッフが疲弊するので、良い医療が提供できない可能性がある」(30代・脳神経外科)と医療の質の低下を心配する意見が出されている。「地域医療への影響と言っているが、派遣医師が減っても誰かは働かないといけないのだからその人の負担が増えていることは明白」(20代・内科)、「地域医療暫定特例水準(B水準)が設けられているが、休養を取ることを主眼として改革してほしい。祝日でも働いている。介護休暇もとれない」(60歳以上・内科)など負担が特定の医師に集中している実態を指摘する意見もあった。「消化器外科医の労働環境改善が得られないなか、必要な医療を受けられない患者さんが増えていくと思われる。がん手術待機期間の延長や急性腹症の対応遅延など」(40代・外科)、「今後主要な内科や外科が減ってくることが懸念される」(40代・内科)など、負担が集中する外科などで医師の確保がますます厳しくなるとの意見が複数出された。
6.医師の働き方改革への課題――「医師の絶対数の不足」「財政的サポート」「タスクシフト促進」など多数
99件の回答(複数回答あり)があったなかで最も多かったのは「医師の絶対数の不足」61人(61.6%)。以下、「財政的サポート」46人(46.5%)、「タスクシフト促進」42人(42.4%)、「グループ主治医制の導入」40人(40.4%)、「子育てや家庭との両立への支援」37人(37.4%)、「自己研鑽と時間外労働の区別」36人(36・4%)、「労働基準監督署が甘い」26人(26.3%)、だった。その他「全てのスタッフ不足」「勤務医の報酬増額」「勤務医と開業医の偏在」「妊婦、産休、育休で空けられた穴の補填」などの回答があった。
7.調査を終えて
「日本の医療制度は医師のサービス残業前提で成り立っている」
今回の調査には、自由記載に多くの記入があった。忙しいなか、調査に協力いただいた先生方に深く感謝したい。
自由記載では、業務量の多さ、医師不足、実際の労働時間は変わらないが給与が減少したなどの声が寄せられた。
「仕事量自体が減らなければ休みは取れない」(60歳以上・内科)、「個人的には、夜勤や公費出張の代休の『消費』も難しい状況。勤務管理などの労力は逆に増えて、『逆タスクシフト』になっている」(50代・小児科)、「働き方改革のためには、それをまかなえるだけの人員が必要。しかし、世の中の風潮は男性も育休。これでは回っていきません」(30代・産婦人科)、「子育てをする女医も増加しており、彼女たちはそのような業務(宿日直や自宅待機)はできないため、益々残った医師にしわ寄せが行きます」(40代・内科)など業務量の多さや人員確保の難しい状況が寄せられた。
また、「常勤の勤務医への休日のオンコールが負担になっていると思います(主治医制のため、待機当番でなくても24時間、電話がかかってきます)」(40代・内科)、「自宅待機(オンコール)が無給であるため、精神的、身体的負担が強い」、「現在の日本の医療制度は医師のサービス残業前提で成り立っているので、診療報酬の値上げなど国や患者はサービスに見合った対価を支払う制度に変わってほしい」(20代・内科)といった声のように、宿日直やオンコール、自己研鑽、サービス残業など労働時間としてみなされない勤務に負担や矛盾を感じる声が多かった。
「偽りの申告を強いられることに虚無感を感じる」
「80時間を超える時間外労働をおこなっているが80時間までの申請とせざるを得ない」(40代・内科)、「時間外労働時間が多いと注意されるようになったため、休日出勤してもタイムカード押さなかったり、残業時間は早めにタイムカード押して残業」(60代以上、内科)など、実際の労働時間は変わらないにも関わらず、時間外労働の上限を超えないよう自主規制を強いられる実態も伺われた。
こうした現状について、20代や30代の若手の医師からは「時間外に制限をつくるより、正しく申請して給料を渡すべき。見た目上(書類上)の時間外が減るのみ。実際働いているのに見合った給料が貰えず悪循環」(30代・脳神経外科)、「自己研鑽で働く時間が増えただけ」(30代・産婦人科)、「身体的な疲労感よりも、偽りの申告を強いられることに虚無感を感じるという同世代医師は多い。医療崩壊はこれらの虚無感から始まるかも?」(20代・眼科)といった声が寄せられている。
「勤務医が時間外に働いたり待機したことに対して十分な対価を用意することが必要。また総合病院の手術専門的な診察に対しても多くの対価を支払う仕組みを作らなければ、医師の勤務医離れや自由診療への移行が進む」(40代・内科)という声もあった。
開業や自由診療への勤務医の流失が問題になっているが、その背景として勤務医の過酷さ、貢献に対し十分な評価がされない現状があることを改めて訴えたい。
医師増員と医療費の総枠拡大で「医療の質」の担保を
「働き方改革により制度だけを変えても、医師不足という根本が変わらない限り、医療の質が落ちたり、特定の医師への負担が増えるだけだと思います」(40代・小児科)、「厚労省は医師数は足りており偏在が問題としているが、私は医師の絶対数が不足していると思っている」(60代以上・産婦人科)、「偏在対策よりも抜本的な医師の数を増やさないと働き方は変えられない」(40代・小児科)など医師不足解消を求める意見が寄せられている。
また、「消化器外科医の労働環境改善をお願い致します」(40代・外科)、「内科系勤務医を担ってくれる医師の増加に繋がる施策」(40代・内科)、「名ばかりの働き方改革にならぬ様タスクシフトを進めてください」(50代・整形外科)」など待遇や業務改善を求める意見もあった。「労働環境の改善なき医師の労働時間削減は、医療の質を低下させるのみであろう」(50代・泌尿器科)という声にあるように、医師を含めた医療従事者の待遇改善は「医療の質」を守る要である。
国として、勤務医の時間外労働時間の推移だけでなく、労働時間に現れない勤務医の勤務実態の把握を行うことを求める。長時間労働を前提とした医師の需給予測を改め医師の増員をはかること、医療費の総枠拡大で医療機関の経営と勤務医の待遇改善をはかり「医療の質」を担保することを求める。
日本の人口当たりの医師数は、OECD諸国の中で最低のレベルにある。
2024年12月に厚生労働省は「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」をまとめた。この中で医学部定員について「2027年度以降の医学部定員の適正化の検討」をするとしている。医師の偏在の根底には、絶対的な医師不足がある。医師養成数の抑制政策を改め、医師の増員と全ての医師がキャリアを中断せず働き続けられるよう多様な働き方ができる労働環境の改善、子育て・介護の支援策を打ち出すように求める。
以上