子ども医療費助成制度をめぐって ―澤田 和男氏に聞きました
子ども医療費無料制度は、県内各市町村の努力により、18歳年度末まで無料とする自治体が約8割となる一方、愛知県の補助基準は大きく遅れをとっています。また、国制度として子ども医療費無料制度の創設を求める声に、国は頑なに背を向けています。
子ども医療の実施状況および「コンビニ受診の心配はないか?」「時間外受診が増えないか?」「無駄な治療を助長しないか?」「地方財政を圧迫しないか?」などの疑問をどう考えるか、愛知県社会保障推進協議会(愛知社保協)副議長の澤田和男氏に聞きました。
子どもの医療費助成の現状は
急速に広がる18歳までの医療費無料
―愛知県内の子ども医療費助成の実施状況は
愛知県内の市町村で、自己負担なし、所得制限なしに「18歳までの医療費無料化」を実施しているのは、2024年4月1日現在、通院を無料が35市町村(65%)、入院を無料が52市町村(96%)です。
なお、愛知県保険医協会の直近の調査によると、2025年4月までに通院・入院とも18歳まで無料が42市町村(78%)へと広がっています。
愛知社保協や愛知県保険医協会が主要団体の役割を担っている愛知自治体キャラバン要請や各地域での地道な運動の成果です。
愛知県の補助基準の遅れは深刻
―愛知県の補助基準は
愛知県では、1973年4月にゼロ歳児の医療費窓口負担を県と市町村が2分の1ずつ負担して無料とする制度を発足させました。その後も市町村の対象拡大を後追いする形で県制度も対象を広げてきました。
しかし、現行の県の補助対象は、市町村が対象を大幅に拡大する一方、2008年以来、通院が小学校就学前、入院が中学校卒業までにとどまっています。
―全国的な実施状況は
子ども家庭庁の調査によると、2023年4月1日現在、18歳までの助成が、通院で1,209市町村(69%)、入院で1,277市町村(73%)に広がっています。
一方で、子ども医療費助成制度を実施している自治体のうち、通院に自己負担を設けている自治体が543市町村(31%)、所得制限を設けている自治体が152市町村(9%)あります。
国制度創設に背を向ける国の姿勢
―国制度創設を求める要望は
2001年に西田敏行氏、山田洋次氏らの呼びかけで、「国に子ども医療の創設」を求める運動が始まり、吉永小百合氏、ちばてつや氏、緒形直人氏ら多数の著名人も賛同して、国制度の創設を全国的な課題に押し上げました。
全国知事会も毎年の予算要求で「子ども医療費助成は、国の責任において、全国一律の制度を創設すること」と要望しています。
―国制度創設に対する国の態度は
国は、市町村が独自に子ども医療費無料化を実施することについて、「国民健康保険財政に影響を与える」との理由で、市町村への国保の国庫負担を減額するペナルティーを設けて、子ども医療無料化の動きにブレーキをかけてきました。この減額措置について、私たちは「子育て支援に逆行する」として廃止を強く求めてきました。全国知事会など地方団体からも繰り返し廃止を求める要望が出されて、2024年度から18歳未満の子ども医療費助成に係る減額措置が廃止されました。
子ども医療費無料制度の創設については、2023年4月の国会において、岸田文雄首相や加藤勝信厚労相(当時)は、「比較的健康な子どもの受診が増える」「不適切な抗生物質の投与が増える」などと述べ、創設に頑なに背を向けました。
子ども医療費無料化をめぐる6つの論点
①子ども医療に自己負担を設けることをどう考えるか
子どもは病気やけがが多く、重症化リスクも高いため、早期の診断と治療が大切です。発熱しても手元にお金がないために受診できない状況は、病状が急変しやすい子どもにとっては命に直結する問題です。自己負担がなく、無料で安心して医療を受けられることが大切です。
都道府県別の子ども医療費助成制度(2023年4月現在)では、愛知県以外の36都道府県(77%)が自己負担を課し、市町村別にみても約3割の市町村が自己負担を設けています。
県外から自己負担のない愛知県に転入され、子どもの通院時に自己負担の請求がないことに驚かれる姿がしばしばみられます。
子育て世帯の経済的負担を軽減する上で、子どもの医療費無料化は、保育料・学校給食の無償化とともに、極めて有効な施策です。子どもや子育て世帯を大切にするメッセージを発信する象徴的な制度となっています。
②子ども医療に所得制限を設けることをどう考えるか
子ども医療への所得制限は、愛知県以外の25都道府県(53%)が導入し、市町村別では9%が設けています(2023年4月現在)。
しかし、所得の高い人を子ども医療の対象から外す所得制限は適切なのでしょうか。社会保障の原則で語られる「応能負担原則(能力に応じて負担する原則)」は、税金や保険料に限り適用されるべきで、社会保障や医療のサービスは、所得に関わらず平等に受けられるようにすべきです。
「税金をたくさん納めているのに、いざサービスを受ける時に対象から外されるのは納得できない」との声に耳を傾け、サービスを受ける際に差別が生じないような制度設計が求められます。
愛知県内の子ども医療に所得制限を設けている自治体がない点は評価できます。
③国は「比較的健康な子どもの受診が増える」と述べているが
国は、子ども医療費無料制度の創設に反対する理由で「比較的健康な子どもの受診が増える」と述べていますが、2015年10月30日に開かれた「子どもの医療制度の在り方等に関する検討会」で、日本医師会の釜萢(かまやち)常任理事は、「保護者の方の傾向を見ると、医療機関にかかると余計な病気をうつされるからなるべくかかりたくないという意識もかなりあるんですね。ですから、むやみやたらに受診は決してされません」と医療現場の実態を説明しています。
さらに、結果的に軽症であった子どもの受診についても「親御さんが強く不安を感じたときに、結果としては軽症だったかもしれないけど、受診できるということはとても大事なことだと思う」と子ども医療費助成制度の意義を述べています。
④無料化すると、時間外・夜間などの「コンビニ受診」が増えるのでは
子ども医療無料化をめぐる議論の中で、「無料だからと時間外の受診が増加し、忙しい小児科医の激務を助長するのでは」「時間外や夜間のコンビニ受診が増えるのでは」との意見があります。
しかし、子どもの医療が無料になって以降、小児の時間外の受診は増えるどころか、むしろ減少しています。
例えば、子どもの医療無料化を全国に先駆けて推進してきた群馬県の調査では、15歳以下の小児の時間外受診について、無料化の拡大前(2009年)の時間外診療と、拡大後(2010年)の時間外受診を比べると、「拡大後の時間外受診が7.3%減少した」との結果が示されています(下表:資料1)。
また、愛知医報に掲載された「小児時間外救急に関するアンケート調査」では、3歳未満まで無料だった時代の2002年と、85%の自治体が中学卒業まで無料だった2016年との時間外受診者数を比べると、14年間で小児人口は5.6%減り、15歳未満の時間外救急患者数は19.1%も減少しています(下表:資料2)。
この結果から見えてくるのは、「無料化以前は、経済的な理由で受診が遅れ、重症化してからやむを得ず時間外や深夜に受診していたが、医療が無料になったことで、軽症のうちに受診して重症化を防ぎ、時間外の受診が減少した」ということだと思います。
少なくとも、無料化したことで、時間外受診が増えたということはあり得ません。
⑤無料化で「不適切な抗生物質の投与が増える」と言うが
2023年4月3日の参院決算委員会で、加藤厚労相(当時)は、「医療費無料化で不適切な抗生物質の投与が増える」と述べましたが、翌日の衆院厚労委員会参考人質疑で、前述の釜萢日医常任理事は「医師が『無料だから』と不適切な治療をする事例は極めて少ない。抗生剤の適正使用に関して、特に小児科医は非常に真剣に取り組んでいる」と厚労相発言を否定しました。
そのことを裏付けるデータが翌週4月12日の衆院厚労委員会で、宮本徹衆院議員(共産)の質問に、佐原康之厚労省健康局長が「子どもの抗菌薬使用量は2015年に比べ2019年は23%減少、2020年は52%減少している」と答弁し、抗生剤の投与は減少していることを明らかにしました。
⑥「子ども医療費助成が自治体財政を圧迫している」との意見があるが
子ども医療が自治体財政を圧迫するかという点ですが、例えば愛知県の2024年度の子ども医療予算額は85億円で、県予算総額2兆7,949億円の僅か0.3%です。
また、政令市で唯一、18歳までの子どもを無料にしている名古屋市を見ても、市予算総額1兆4,853億円のうち、子ども医療予算は142億円(予算比1%弱)です。県が補助基準を引き上げ、国制度が創設されれば、市の負担はさらに軽減されます。
子どもたちのいのちと健康を守り、安心して医療が受けられると喜ばれている子ども医療費無料制度は、1970年代はじめから50数年間の運動で、8割の自治体が18歳までの無料化を実施する到達点を築いてきました。
今後、すべての自治体で18歳までの無料化と、愛知県の補助基準の18歳への引き上げを早期に実現し、国制度の創設に向けた新たなステージで運動をすすめます。
引き続きご協力をよろしくお願いします。