2018年4月6日

二度と戦争を起こしてはならない―この世から核をなくそう

愛知国際病院 太田 信吉
私は長崎大学医学部に学びました。大学で私を教えて下さった教授たちの中には第二次世界大戦の戦争時代に学生だった先生たちがおられました。多くの同級生が原爆にあって亡くなった中で偶然にもその場にいなくてあるいは病院の地下にいて命を得た方たちでした。講義室で授業に出ていた学生は全員亡くなられておられます。
ある教授は「自分は教授になるようなそんな優秀な学生ではなかった。でも亡くなった同級生たちのことを考えると、長崎に落とされた原爆の実態を伝え、核を無くすために働く事は同級生の思いに応えることだと思う様になった」と語られました。また病院にいて爆風で飛ばされ傷つかれたものの助かった元原爆後障害医療研究所病理学教授の西森一正先生は、当時の詳細な記録を残され、アメリカに持ち帰られた病理検体を日本に返すために尽力されました。そのような方々の教えを受けた私にとって核を無くし世界が平和になり人類が同じ過ちを犯さないようにするために働く事は役割として必然のことだと思います。
長崎大学にはグビロが丘(虞美人草の咲く丘)と言うところがあってそこに被災された850名の職員・学生の慰霊碑が立っています。普段あまり学生は行かないのですが、悲しい場所として知られていました。国の政策で戦争に携わる医者を作り戦地に出す役割を果たそうとして8月にもかかわらず授業中だった多くの学生が犠牲となったのです。
当時放射線科助教授の永井隆博士も病院で被爆し、燃えてしまった大学病院を離れて三山にて救護活動を行われました。残された原子爆弾救護活動報告の最後に、「すべては終った。祖国は敗れた。吾大学は消滅し吾教室は烏有に帰した。余等亦夫々傷き倒れた。住むべき家は焼け、着る物も失われ、家族は死傷した。今更何を云わんやである。唯願う処はかかる悲劇を再び人類が演じたくない」と記されています。カトリック信者でもあった永井博士は、「人類はいつも大きな罪を犯しその結果として長崎に原爆が落とされ、多くのカトリック信者の方たちが亡くなった。平和を愛するキリスト教の信者が特に犠牲になってしまった。戦争の被害に対してなぜどうしてと言う事はなく、戦争そのものが人間の罪だ」と言われているのだと思います。
また「死の同心円」を書かれた秋月辰一郎先生は、爆心地から1.5キロメートル離れた聖フランシスコ病院で被爆されました。避難されてくる方たちの治療を行い、手の施しようも無く亡くなられる方を見ながら、人が作った原爆に対しての怒りをお持ちでした。シスターたちの献身的な働きを見てカトリック信者になられました。とても優しい先生でしたが核のことになると厳しく語られ、生涯を反核平和のために働かれました。1970年代に原子力発電所についても核燃料の再処理や廃棄物処理でプルトニウムが生まれることになりそのことが核を作る原料になることから、最初はアメリカでは日本が原子力発電所を持つことが問題となったと言われ、原子力発電所が世界に広がる中で核を持つ国が広がることの危険性についても警告されていました。
結果としては、原子力の平和利用の名の下に、日米安保体制の中でアメリカ型の原子力発電所が日本でも作られていきました。今回事故を起こした福島第一原子力発電所もGEの設計によるもので1971年に作られています。核は一度放出されれば人間にとってはコントロールできないものであることを改めて教えられたのでした。この様に多くの先輩たちは、戦争や原爆を経験し心から平和を願い働かれたのでした。
戦後73年経って、二度と戦争をしてはいけない、国際紛争を武力で解決することはできないとして作られた平和憲法である日本国憲法を変えようとする動きが強くなっています。平和を守る役割を果たすために、また災害対策に働く自衛隊の働きに報いるために憲法第九条を改憲しようというのです。改憲するまでもなく平和安全法制の名のもとで、自衛隊が同盟国であるアメリカが攻撃された時に一緒に活動することができる、つまり一緒に戦争ができる法律(戦争法)を通したのです。武力では世界は平和にならないことを学んだのに忘れてしまったのでしょうか。
尊い犠牲を払った戦争のことを生かすためにも、第九条の基本に立ち返りこれを守り世界から核を無くし、武器を無くし、世界中が一つとなって平和の道を歩んでいくためにできることをしていかなければならない時です。平和とは、隣人と違いを乗り越えて手をつなぎ合い、互いに相手のことを考えて歩むことです。武力で守ったり脅したりするものではありません。今ではロボット戦争のように人の姿が見えない中で爆弾が飛び交い、幼い子供まで犠牲になっています。
私たちは73年前に原爆の被害を見て戦争の悲惨さを学んだはずです。先輩たちの思いも引き継いで、本当の平和を願い、憲法九条を守り、核をなくすことは使命だと思っています。

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