2007年11月25日

動物と人間  そして戦争

緑区・勤務医  小松 健
 人間は猿と別れる前から、争いをしていたのではないかと思われる。今年の三月二十七日のNHKテレビの番組、プラネット アースの第九集「ジャングル」を見ていて思った。ウガンダのキバレ公立公園のチンパンジーは、二十キロの範囲で行動しており、それは大好物のイチジクを求めての行動だが、縄張りを持っており縄張りを広げるために他のチンパンジーと戦うことは珍しくないらしい。また、縄張りに入ってきたチンパンジーを待ち伏せして襲いかかる。そして戦いの後に捕らえた子供まで仲間で分け合って食べてしまう。解説者が、「縄張りを守るためだけでなく、なぜ子供まで食べるのか。タンパク質を取るためだけに子供まで食べてしまうのか。答えは見つかっていない」と言っていた。
 この時に、動物と人間、そして戦争について、色々な事を考えさせられた。生きていくためには人間には衣食住が必要であるが、チンパンジーが最低限必要なのは、食と住(服は着ていないので)と言うことになる。チンパンジーが縄張りを必要としているのは、そこで生活するためで、これは脳に組み込まれているプログラムではないかと思う。なぜなら、そのプログラムがある生物のみが生き残ってこられたのだとも考えられるからである。すると、縄張り争いは動物としての人間も初めから身に付けている習性なのかもしれない。しかし一方で人間の行う戦争を考えてみると、必ずしも衣食住のためだけに戦争しているわけではないと思われる。民族間の争い、宗教を含めた考え方の違いによる争いなどは、衣食住とは無関係の次元の原因によっている様に思われる。
 そこで、なぜ人間が特殊な動物と思われるような行動をするのか考えてみた。他の動物と人間の違いは色々あるが、一番の違いは脳の機能の違いではないかと思われる。会話や文字を通して色々な知識を伝え合ったり蓄積したりは、他の動物では出来ないことと言える。その知識から色々な武器を作り、核兵器も作ることが出来る。作られた道具が縄張り争いの時に使われる事は、以前の習性はそのまま残して知識のみ発達させた人間にとっては自然な経過なのかもしれない。
 療養病床から現在の老健まで十年以上老人を見ていると、大きな理由もなく食べられなくなって行く老人たちがたくさん見える。その時にどうしたらいいのか、家族も医療スタッフも悩む事も多い。その現状と、健康な人を殺してまで目的を達成しようとしている現実とに違和感を禁じ得ない。一人一人が命の大切さと戦争の持つ意味を、自分の頭で考える所に解決策が有るのではないかと思う。

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