長期収載品(後発医薬品のある先発医薬品)の選定療養の仕組みが10月から実施される。薬剤の自己負担に選定療養を導入する国の狙いと問題点について、橋本政宏副理事長・政策部長に聞いた。
――10月から長期収載品(後発医薬品のある先発医薬品)の選定療養が導入されます。
橋本:あらかじめ国が指定した長期収載品を患者の希望により処方・調剤した場合に、後発医薬品との差額の一部を患者に追加負担させる仕組みです。
選定療養の対象になる長期収載品は1095品目にのぼります。ヒルドイド、ロキソニン、モーラス、サムスカOD錠など頻繁に処方される薬剤も対象になっています。
ただし、医師が医療上の必要性があると判断した場合や後発医薬品の提供が困難な場合は、選定療養の対象外となります。
――長期収載品の選定療養が導入される背景には何が考えられますか。
橋本:厚労省は新薬の開発や長期収載品の薬価高止まりによって薬剤費が増加していることを理由に、後発医薬品の利用促進や患者に自己負担させることで、保険財政に占める薬剤費の負担を軽減することを狙っています。
しかし、後発医薬品は品質不正問題後、供給不安が続き、安定的・継続的に処方できる後発医薬品は限られています。また、後発医薬品の中には、先発医薬品に比べて品質が劣るものもあるのが現状です。そうした現状を無視して、長期収載品の選定療養を導入し、患者負担増や後発医薬品の利用を強制することは、医師の裁量権を侵害しています。また、医療の質を確保できなくなる可能性があることに加えて医療者と患者の信頼関係を壊すことにもつながりかねず、医療現場を混乱させてしまうのではないかと懸念しています。
――患者が長期収載品を希望した場合、どのくらい患者負担が増えるのでしょうか。
橋本:長期収載品と後発医薬品最高価格帯の差が大きいほど患者負担が増えます。厚労省が示した試算(図)では、まず長期収載品(600円)と後発医薬品最高価格帯(①200円)の差額(②400円)に、4分の1を掛けた選定療養分の自己負担額(100円)を点数化(10点)します。その点数に消費税をかけた金額(③110円)が選定療養費として患者負担となります。
次に、後発医薬品との差額(②400円)に4分の3をかけた差額の保険給付分(④300円)と後発医薬品最高価格帯相当額(⑤200円)を足した500円を点数化(50点)します。これに10円をかけた500円に、0.3(3割負担の場合)をかけ⑥(150円)と、選定療養分(④100円)を足した260円が自己負担合計額になります。
この試算では長期収載品の患者負担は3割負担の場合で従前の約1.4倍、1割負担で2.7倍に増えることとなります。
※2024年7月12日 厚労省事務連絡「長期収載品の処方等又は調剤に係る選定療養における費用の計算方法について」を参考に保険医協会が作成
患者負担を増やし公的医療費抑制がねらい
――患者さんの中には、後発医薬品に不安を感じる方もいると聞きます。
橋本:長期収載品を選定療養にする理由の一つに、厚労省が2022年に診療所や病院に対して実施した調査で、先発医薬品を指定する場合の理由として、「患者が先発医薬品を希望するから」がもっとも多かったことを挙げています。厚労省は後発医薬品があるのに先発医薬品を選択することは「贅沢」だと見なして患者に自己負担増を求めています。
一方で厚労省が患者に対しておこなった調査では、後発医薬品を使用したくない理由として、約7割が「後発医薬品の効き目や副作用に不安がある」、次いで「使い慣れたものがよいから」が約5割という結果が出ています。
厚労省は先発医薬品と後発医薬品の有効成分は同等と主張しています。しかし、後発医薬品の製造企業は8割が中小企業であり、価格競争によるコスト削減のため、先発医薬品に使われているものとは別の原薬や添加物、製法、製造技術などで製造しています。そのため、先発医薬品より効果が出にくいものもあると言われています。やるべきことは、患者負担増によって後発医薬品の使用を促すことではなく、後発医薬品の質をきちんと改善させるため実効性ある手立てをとることです。
――公費負担医療の対象患者も長期収載品を希望した場合、選定療養の対象になるのでしょうか。
橋本:7月に厚労省が示した疑義解釈では、医療保険に加入している患者で、国や子ども医療費助成制度などの地方独自の公費負担医療制度の対象となっている患者などが、長期収載品を希望した場合も選定療養の対象になるとしています。つまり、選定療養部分については助成の対象とならず、自己負担が発生するということです。そのため、お金の心配をせず、医療機関にかかっていた患者や家族にとって、経済的負担を強いられることになり、受診抑制を招くことにつながるのではないかと危惧しています。
また、全国的に子ども医療費助成制度が拡大し、窓口負担無料が広がる中、薬剤負担を求めることは政府が進める子育て世帯への経済的負担軽減に水を差すことにもつながります。
――長期収載品の選定療養が進めば、さらに自己負担額を増やしていくこともあるのでしょうか。
橋本:2023年12月の社保審の医療保険部会では、選定療養の場合における長期収載品と後発医薬品との価格差をどれだけ患者負担とするかについて今回決着した割合を上回る基準も検討されていました。将来的に選定療養の対象となる薬剤を増やしたり、患者負担をさらに増やすことも十分に考えられます。また、医療上の必要性があれば選定療養にはならないとしていますが、2023年11月の医療保険部会では、「医療上の必要性のあるなしはエビデンスベースで分けるべき」と医師の処方にかかる裁量を狭めるような議論もされています。本来、薬の処方は医師が患者の特性、個別性など考慮して行いますが、その処方判断に対して、今後制約が強められるのではないかと憂慮しています。
――いずれは薬剤を保険給付から外すということも考えられるのでしょうか。
橋本:医療保険部会で出された案には、創薬力強化を目的として、「医療保険財政の中で、革新的な医薬品等の開発強化などイノベーションを推進するため、長期収載品の保険給付のあり方の見直しを中心として検討を進める」とありますが、創薬力強化のために薬剤費の自己負担を増やすというのは、いかにもとってつけたような話です。本音は、公的医療費を抑制したいということでしょう。創薬には莫大な財源が必要であり、新薬の恩恵は国民・社会全体に及ぶので、公費で賄うのが筋です。
また、一旦薬剤自己負担増が導入されれば、2006年の健康保険法等の改正法成立時に「医療に係る給付の割合について、将来にわたり100分の70を維持することや、安易に公的医療保険の範囲縮小を行わず、現行の公的医療保険の範囲の堅持に努める」とした附帯決議に反し、なし崩し的に患者負担が増大していく恐れがあります。
さらに、今年の骨太の方針では、「更なるスイッチOTC化の推進等によりセルフケア・セルフメディケーションを推進しつつ、薬剤自己負担の見直しについて引き続き検討を進める」としており、厚労省だけでなく国も率先して、いずれは保険診療から投薬を完全に切り離そうと思案しているのではないかと想定されます。もしそうなれば、医療上必要なものは保険適用するという公的医療保険制度の原則を破り、誰もが安心して医療にアクセスすることができなくなります。
――実質的な混合診療の解禁という声もありますが。
橋本:日本医師会は「保険外併用療養費と混合診療は全く異なるもの」(メディファクス5月23日)としていますが、今後長期収載品以外にも選定療養が無制限に拡大すれば、実質的な混合診療の解禁となります。
歯科の金属材料の保険給付外しや、高額な費用のかかる治療の選定療養化などは現時点でも支払い側などから実施の圧力がかかっています。
混合診療が拡大すれば、所得の多寡で受けられる治療が異なることになります。すべての国民が必要な医療を平等に受けられる国民皆保険制度を崩壊させる今回の選定療養について、保険医協会として断固反対していきます。