2015年勤務医の会総会記念講演

新しい医療事故調査制度を考える

勤務医の会は、2015年3月15日(日)の午後、勤務医の会総会記念講演会を開催した。
今回は、元東京女子医科大学循環器小児外科・いつき会ハートクリニック院長の佐藤一樹氏を講師に招き、「医師法21条再論考と新しい医療事故調査制度の課題と問題点」をテーマに行った。参加者は38人。
以下、講演の概要を報告する。(文責・事務局)

医師法21条

 一部の刑法学者や被害者、メディアは、医療事故を起こした医療者個人を刑事責任追及しようとする。しかし、これでは個人の責任追及に留まり、医療事故の原因究明はおろか、医療安全の阻害要因となってしまう。警察への医療事故の届出数を見ると、医療側からの届出が多いことが分かる。
 これまで医師法21条を医療者の大半が誤解していた。診療関連の死亡事故が発生したからといって、医師が警察署に届け出する義務はない。死体の外表検査で異状を認めた場合に限り届出義務がある。その根拠は医師法21条の条文と都立広尾病院届出義務違反の最高裁判決からも明らかである。
 また、東京保険医協会の活動もあり、田村憲久元厚生労働大臣も共産党・小池晃参議院議員の質問に回答して、「(医師法21条は)医療事故を想定していない」と答弁している。
 医療事故を警察に届け出て解決する法律義務はもともと存在しない。

院内事故調査委員会

 院内事故調査委員会の理念には、「医療事故に関する科学的認識」「医師の自律性の確保」「組織機能向上」が挙げられているが、現実には「紛争対策」「患者側や社会の攻撃をかわすため」「保険会社から賠償保険金を得るため」という隠れた目的があり、全て病院開設者側の都合である。
 また、患者は真実よりも「納得のいく」説明を求めており、処罰感情を持つ人は少なくない。
 自ら冤罪被害者となった東京女子医大事件では、病院側が現場管理責任を認めるため、患者の死亡原因を佐藤に押し付けた。当事者の行為を問題視していること、事故報告書が作られていたこと自体も知らなかった。人権無視・欠席裁判の元で行われていたことになる。
 院内事故調査委員会は、現場医療者の人権にも配慮した上で、責任追及・紛争解決手段化を回避し、「医療安全の確保」を目的に行われるべきである。
 また、事故調査報告書発表の絶対条件として、当事者から意見を聴く機会を設け不同意拒否権を担保する、委員会の意見と当事者の意見が異なる場合には別に添付する不同意理由記載権利の確保が必要といえる。

改正医療法事故調査制度

 本年10月の医療事故調査制度の施行に向け、現在ガイドラインの作成が進められている。
 医療事故調査の基本的なあり方について、調査の目的には「再発防止を図り」と明記してある。
 しかし、再発防止と簡単に言うが、原因究明が再発防止につながらないケースも多く、個人の責任追及となることもあり、第三者機関の報告書が懲罰行為に利用されることも考えられる。
 また、「複雑系」としての医療を見ると、問題部分を全体から切り離して「原因」を突き止めることは難しい。古典的な医療事故に対する考え方では、個人の行動に事故原因を帰着させるが、我々の医療現場はもっと複雑にできている。
 医療事故調の創設に向けて医師・国民が目標とするべきは、①第三者機関と国民との信頼関係の構築ではなく、医師と国民の信頼関係の構築②徹底した真実究明ではなく、科学的背景のある事実経過説明と医療安全向上のための学習③懲罰的な処分ではなく、社会的損害の分担のために民事的分担の覚悟は必要だが、医療者が刑事責任を取ることは断固拒否することの三点だと提言したい。

WHOドラフトガイドラインと事故調査制度

 医療事故調のガイドライン作成が進む中、制度の導入により、冤罪被害者や現場を去る医療者が増え、医療崩壊が進んだりする事がないよう、日本医療法人協会では、「現場からの医療事故調ガイドライン」を作成した。このガイドラインはWHOドラフトガイドラインに準拠することを原則としている。
 WHOドラフトガイドラインでは、医療安全のための制度として「学習」を目的とした報告制度と「説明責任」を目的とした二つの制度があるが、1つの制度に2つの機能を持たせるのは困難と指摘しており、創設される医療事故調は「学習」を目的とした制度を目指している。
 WHOドラフトガイドラインでは、成功する報告システムとして、7つの特性を(表1参照)掲げている。
 第一の非懲罰性について。全く同じ脊髄造影剤取り違え事例でこれまで六人の医師が有罪となっているにも関わらず、昨年も同じ医療事故が起こり、刑事訴追された。また、イギリスでは、医療事故を調査するGMCという制度が発足し、調査を受けた医師に精神疾患や自殺が多く出ているというデータもある。
 懲罰を与えるだけでは医療事故が減らないことは明白であり、発足する医療事故調査制度が日本で医師を苦しめる制度になってはならない。
 次に秘匿性について。患者、報告者、施設が決して特定されないことが求められる。その配慮のもと事故概要を世界に向けて公表することが必要である
 WHOのガイドラインと検討中の医療事故調ガイドラインを比較すると、相反する特徴もみられる。医療安全の確保のために、WHOドラフトガイドラインと新しい医療安全学を重視していくべきである。
 現在、医療事故調査制度検討会は、取りまとめの最終段階を迎えている。作成にあたっては、日本医療法人協会の「現場からの医療事故調ガイドライン」も多くの箇所で参考にされている。しかし、遺族への説明方法を巡って、一部構成員の働きかけを発端とした塩崎恭久厚労大臣の介入により原案が差し替えられる等し、混乱が生じている。

終わりに

 医療死亡事故は遺族の対応が第一である。創設される医療事故調査制度が、遺族側と医療側の信頼関係を崩してはならない。
 医療事故調のガイドラインが「現場からの医療事故調査制度ガイドライン」のコンセプトを参考に医療崩壊を招かない制度となるように求めたい。また、医療者個人の責任に帰結させないために再発防止案を書かず、医療事故報告書を遺族に渡さないということも必要である。

質疑応答

Q.遺族側との信頼関係では、いかに誠実であるかということが大切だと思う。事故報告書や組織的な再発防止策をきちんと開示することも必要ではないかと思うがいかがか。
A.地域性や病院の体質もあり、絶対に医療事故報告書を出すなとは言っていない。しかし、文書を手渡した場合、簡単に裁判を起こされたり、医療者個人に刑事責任が及んだりする可能性がある。裁判になる可能性があると、事故の詳細をきちんと話さず原因究明が困難となり、医療安全につながらない可能性もある。WHOのドラフトガイドラインにもあるように「非懲罰性」を守った上で、患者さんへの説明は何度も行うべきだと考えている。

表1 WHOドラフトガイドライン

成功する報告システム
・非懲罰性
・秘匿性
・独立性
・専門家による分析
・適時性
・システム指向性
・反応性

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