愛知県保険医協会の平和を求める取り組み

【15.09.05】原水爆禁止世界大会に愛知からも代表を派遣

被爆70年核廃絶の緊急性を訴える 核兵器禁止は世界の声

  協会では「核戦争は健康と環境に対する最大の破壊であり、核戦争の予防に力を尽くすことが、患者の命と健康を守る医師の役割」であるとして、核兵器廃絶の運動に取り組んでいる。その一環として、毎年広島・長崎で開かれる原水爆禁止世界大会へ代表を派遣している。
今年も「核兵器のない平和で公正な世界のために」をテーマに原水爆禁止2015年世界大会国際会議が8月2日〜4日、広島大会が8月4日〜6日、長崎大会が8月7日〜9日に、それぞれ開催された。協会からは国際会議に坂本龍雄勤務医委員、長崎大会には早川純午理事、事務局3人を派遣した。


今大会で、広島・長崎の原爆投下から70年目の夏となり、被爆者の平均年齢は80歳を超えた。今回の世界大会は、5月のNPT再検討会議を受けて前進の展望を切り開き、被爆70年を「核兵器のない世界」への転機とする大会として位置づけられている。NPT再検討会議は米、英、加の反対で最終文書は採択されなかったが、核兵器が人道に反するものだと訴える共同声明への賛同はNPT締約国の八割を超える159カ国にまで広がっている。加えて、核兵器禁止条約などの法的拘束力を求める国々が多数を占め、核兵器廃絶は世界的な動きとして確かなものとなっている。

こうした中、核兵器廃絶を世界的運動に発展させるために、日本の運動が果たす役割はますます重要になっている。核兵器廃絶に向けて、核保有国の「核抑止力論」を打ち破り、人道的なアプローチから核を禁止するよう、あらゆる方面で発言力を強める事が重要である。
7日から始まった長崎大会開会総会には、21カ国・147人の海外代表を含め、5,500人が参加した。第一部の全体会では、田上富久長崎市長が、「核廃絶の問題は広島・長崎だけの話ではなく、世界中の問題として考えていくべきである」と述べ、被爆者からの訴えでは谷口稜曄(すみてる)氏が「生きている限り原爆被害者の生き証人として語り続けていきたい」と述べた。第二部の文化の夕べでは、被爆者だけで構成された被爆者歌う会「ひまわり」の演奏、政府代表として発言したイシカワ駐日ベネズエラ大使夫人でソプラノ歌手の石川コロンえりか氏による「被爆マリアに捧げる賛歌」のオペラ演奏、渡辺千恵子さんの半生をつづった合唱組曲「平和の旅へ」を、合唱団「平和の旅」が演奏し、会場は大きな拍手で包まれた。
8日は、「被爆の実相普及と援護連帯」「憲法をいかす、非核平和の日本を」、「佐世保基地調査行動」などの12のテーマ別集会や動く分科会が開催された。「青年のひろば」では、被爆者の証言を肉声で聞いて被爆の実相を学び、核兵器をなくす意味をつかむことを目的として、大矢正人氏(長崎総合科学大学名誉教授)から「原爆きのこ雲」「原爆投下から数か月後の時期の長崎の街」の映像解説、続いて谷口稜曄氏から被爆体験の報告があり、被爆者としての不屈な生きざまを示した。その後、1班十数人で36のグループに分かれ、参加者は被爆者から体験を聞いて積極的に質問し、交流した。

9日の長崎大会閉会総会には、被爆者や遺族、市民および国連・各国政府代表ら約6,000人が参加した。被爆70年スペシャル企画「被爆地長崎から世界へ」では、被爆者が登壇し、大きな拍手で迎えられた。各国代表のスピーチの後、各地の代表がのぼりや横断幕を手に登壇し、それぞれの取り組みの報告や、決意を語った。安井正和氏(原水爆禁止日本協議会)は、「被爆者が生きている間に被爆者の生き方、たたかい、願いを、国際政治の中で共同して広めていく事が大事。安倍政権を大きく包囲しよう」と決意を述べた。フィナーレは、「We shall over come(我々はいつの日か打ち勝つ)」のフレーズを参加者全体で合唱し、盛大に幕を閉じた。

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