愛知県保険医協会の平和を求める取り組み

【13.09.05】原水爆禁止2013年世界大会に代表が参加

核廃絶 非人道性を焦点に運動すすめよう

協会では、「核兵器は最大の健康と環境に対する破壊であり、核戦争の予防に力を尽くすことが、患者の命と健康を守る医師の役割」であるとして核兵器廃絶の運動に取り組んでいる。その一環として、毎年広島・長崎で開かれる原水爆禁止世界大会へ代表を派遣している。
今年も、「核兵器のない平和で公正な世界のために」をテーマに原水爆禁止2013年世界大会国際会議が8月3日〜5日、広島大会が8月5〜6日、長崎大会が8月7〜9日に長崎市民会館体育館などで開催された。協会からは、国際会議に山本節子会員、長崎大会に土井敏彦理事と事務局3人を派遣した。


2015年に向けて飛躍的な運動の発展を
2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議は、核保有国も含む全会一致で「核兵器のない世界」を実現することを決定した。こうした流れをさらに大きく発展させるべく、今回の世界大会では核兵器の非人道性や残虐性に焦点を当て、「核兵器をなくそう」の声を広島、長崎から大きく発信した。また、被爆70年であり、2010年の合意の履行を問うNPT再検討会議が開催される2015年に向けて、それぞれの国で運動を飛躍的に発展させ、世界の市民の世論と運動を結集し、核兵器廃絶を求める巨大なうねりをつくるための世界大会であった。
7日の長崎大会開会総会には、海外や全国から6500人の参加があり、田上長崎市長をはじめ、日本原水爆被害者団体協議会の谷口代表、長崎原爆病院朝長院長らがあいさつした。また、今回急遽参加できなくなった国連のアンゲラ・ケイン軍縮問題担当上級代表の発言が代読された。「1980年代半ばには世界の核兵器は7万6000発あった。今日の推計では2万発をきっている。核兵器は容認できないという認識が広がっている表れだ」と話した。
原水爆禁止国民平和大行進に参加したフィリピンのマラヤ・ファブロスさんは、「私の願いは被爆者が生きている間に核兵器をなくすこと」だと話した。さらに「核兵器禁止条約の交渉いつ始めるの」とのコールに「今でしょ!」と会場全体が一致団結した。


核兵器廃絶・非核平和をテーマに分科会
8日は、「核兵器全面禁止のために―政府とNGOの対話」のフォーラムや、「非核平和のアジアを」、「映像のひろば」など十八の分科会やフォーラムが開催された。
「被爆遺構・碑めぐり」の分科会では、爆心地周辺の碑をめぐった。爆心地近くの城山小学校では今も被爆した校舎の一部が生々しく残っている。防空壕や被爆した木も懸命な保存活動のおかげで残されている。また、爆心地からすぐの浦上刑務所では、壁などが全て吹き飛ばされ、土台だけが残る。原爆は日本人が被害にあったことばかりが語られるが、捕虜として日本に連れてこられ、軽い罪で被告人として捕られていた朝鮮人や中国人も一瞬にして蒸発し、白骨化したという事実も知らなければいけない。


核兵器廃絶の世論と運動の巨大なうねりを作り出そう
9日の閉会総会には、7000人が参加した。「2015年に向けた被爆国からの決意」では、6県の代表がそれぞれ廃絶にかける思いや運動の決意を表明した。自治労連青年部の岡崎加奈子さんは「生きているうちに核兵器廃絶を実現したい。この被爆者の願いを日本、世界のみなさんと力を合わせて国連へ届けたい」と決意を話した。
また映画「プラトーン」、「七月四日に生まれて」でアカデミー監督賞を二回受賞した、オリバー・ストーン監督が特別企画に登場した。ストーン監督はアメリカン大学歴史学科のピーター・カズニック准教授と米国現代史を独自の視点で描くドキュメンタリーシリーズ「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」を五年かけて制作した。「アメリカは日本の降伏をわかっていたにも関わらず、日本への原爆投下はソ連を牽制するためで軍事的な意義や正当性はない」と主張した。長崎の被爆二世の女性、青年との対談では、「被爆者の凄惨な体験をどう若い世代に伝えていけば良いのか」という質問に、ストーン氏は、「若い世代にはたとえ本当に残酷でむごいものであっても、真実を伝えるべきだ。今は歴史の真実の部分が取り除かれ、『浄化』したようなものを教えている。ドイツが戦後行った再教育の努力を日本は行わなかった」と指摘した。
最後に「核兵器禁止条約の交渉開始を求める世論と運動の巨大なうねりを作り出しましょう」と訴えた長崎からのよびかけを採択して幕を閉じた。

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