愛知県保険医協会の平和を求める取り組み

【12.09.05】原水爆禁止2012年世界大会に代表が参加

「核兵器のない平和な世界」実現させよう

 協会では「核戦争は最大の健康と環境に対する破壊であり、核戦争の予防に力を尽くすことが、患者の命と健康を守る医師の役割」であるとして核兵器廃絶の運動に取り組んでいる。その一環として、毎年広島・長崎で開かれる原水爆禁止世界大会へ代表を派遣している。
 今年も「核兵器のない平和で公正な世界のために」をテーマに、原水爆禁止2012年世界大会広島大会が8月4〜6日に広島県立総合体育館などで開催された。協会からは土井敏彦理事、山本節子会員と事務局3人を派遣した。


核兵器廃絶へ国内外から参加
 今回の大会は、2010年NPT再検討会議で「核兵器のない世界の平和と安全」の実現に合意したことを受け、その実行が問われている中での開催となった。今年から2015年のNPT再検討会議の準備が始まり、多くの非核兵器国が事態を動かそうと強い決意で臨んでいる。今年は非同盟諸国とともに、NATO加盟国を含む16カ国が、共同で核兵器使用の禁止を訴えたことが注目されている。
 4日の開会総会には、国連軍縮問題担当上級代表のアンゲラ・ケイン氏など、国際機関や各国の平和運動団体から多くの参加があり、6,800人が参加した。
総会では、松井一実広島市長が「67年前、一発の原子爆弾によって一瞬で街が破壊し、14万人の命が奪われた。被爆者の方は相次いで亡くなっている。被爆体験を胸に刻み、共に核兵器廃絶を実現させよう」と挨拶。また日本被団協代表委員の坪井直(すなお)氏が壇上に上がり、「20歳の時、爆心地から1kmの地点で被爆。仮治療所に運ばれるとき、幼い女の子を、燃えさかる街の中に置いてきてしまった光景が忘れられない。生きている間に核兵器がなくなることを信じている」と挨拶した。

原発と放射線障害などで分科会
 5日には広島市内など各地で、「被爆電車に乗って」「岩国基地調査行動」など20のフォーラムや分科会が開かれた。「核兵器と原発―放射線被害の根絶のために」の分科会では、二本松市環境放射線低減対策アドバイザーの野口邦和氏を講師に学習を深めた。野口氏は、ある番組出演者にこんな質問をされたと前置きし、原発事故について説明した。広島の原爆投下直後、「草木も生えない、人は100年住めない」と言われたがすぐに住み始めた。チェルノブイリでは事故後25年経っても人が戻れない地域がある。同じウランの核分裂でありながら、この違いは何か―その答えは、核分裂連鎖反応を行った時間と、核分裂したウランの量の違いである。広島では850gのウランが1,000万分の1秒という短い間に一気に核分裂したのに対し、福島の原発事故では、毎日約6.5?のウランが核分裂し、約2年間運転したところで事故を起こした。この2つの違いによって、原子炉から出される放射性物質の放射能の絶対量が原爆よりはるかに多く、長期間核反応させていたことによって、半減期の長い放射性物質の割合が多くなり、放射能の影響が長期間続いた。
 このような点から、福島の放射線障害の発生が心配され、住民が暮らす地域の一刻も早い除染、復興が必要になると述べた。

核兵器廃絶へ取り組み発展させよう
 6日、広島市の平和記念式典が、爆心地に近い平和記念公園で開かれ、被爆者や遺族、市民ら5万人が参加し、広島県や政府代表、72カ国・地域の大使らが参列。8時15分の原爆投下時刻に、黙とうを行った。松井一実広島市長は「平和宣言」で、来年8月に広島市で開かれる平和市長会議総会を通じ「核兵器禁止条約の締結、さらには核兵器廃絶の実現を願う圧倒的多数の市民の声が発信される」と述べ、会場からは拍手が飛び交った。また政府に対して、市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策を一刻も早く確立することを求めた。
 同日の閉会総会には、約7,200人が参加した。
 総会では、青年たちが次々に登壇。「被爆体験を広げ核兵器廃絶につなげたい」「被爆者と歩みたい」「米軍欠陥機オスプレイはいらない」と、活動への決意を元気に語った。
国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長の代理としてアンゲラ・ケイン軍縮問題担当上級代表が出席し、「核兵器廃絶という崇高な目的を達成する上でみなさんをパートナーとすることを誇りに思います」との潘事務総長のメッセージを代読し、「みなさんの粘り強い努力が成功を収めることを願っています」と激励した。
 最後に、「『核兵器全面禁止のアピール』署名の運動を、地域ぐるみの取り組みで、大きく発展させましょう」と訴える「広島からのよびかけ」を採択して幕を閉じた。

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