愛知県保険医協会の平和を求める取り組み

【10.03.15】寄稿 河村市長の「議会改革」

民主主義の手法で強権体制を実現
河村市長の「議会改革」
    愛知大学法科大学院教授 小林 武 氏

 いま名古屋では、地方自治、とくにその仕組みのあり方が根本から問われています。河村たかし市長が、議会無用の考えに立って進めようとしている「改革」と、その手法の意味するところを考えてみたいと思います。

本来、議会が第一義的代表機関
 まず、地方自治体の議会の、本来の位置を確認しておきましょう。
憲法は、国政を議院内閣制にしたのとは異なって、地方政治は、首長も議会も、住民によって直接選ばれる二元代表制を採っています。市長は、独任制で、民意を集約するのに適していますが、合議制の議会は、民意を反映する「住民の縮図」であり、また審議をとおして市民と対話する場です。それで、憲法は、議事機関として議会を置くことを定めており、自治体の中心的な立法である条例も、議会が制定します。本来、首長ではなく議会こそ第一義的な住民代表機関なのです。
 ただ、実態は、首長優位になっているのが大勢です。それで、本来の役割を回復するための議会改革の努力が各地で進められていますが、河村氏は、一層の弱体化をはかります。

市長が議会の「改革」に乗り出す
 河村市長は、ご存知のとおり、前民主党衆議院議員で、2009年4月の選挙では、51万もの大量の票を得ました(人口225万の名古屋市は、有権者175万、市長選の投票者89万)。
 これを受けて、2大公約としていた「市民税10%減税」と「地域委員会」の設立を手はじめとする「市政改革」を一瀉千里に進めてきました。とくに一律減税はあからさまな金持ち優遇政策で、また、福祉・市民サービス削減の構造改革路線が際立っています。
 そして、それと並んで急浮上したのが「議会改革」です。その項目は、河村氏が昨年11月に提案した『市政改革ナゴヤ基本条例案』に盛られていますが、議員定数の半減をはじめとして、議員報酬の半減、政務調査費の廃止、費用弁償の実費化、党議拘束の撤廃などが、主な内容です。

議員定数半減で議会は半壊
 そのうち、最大の問題、そして河村氏の何よりの狙いは、議員定数半減でありましょう。現在、議員は75名(地方自治法の定める上限は88名)で、これを38名にするなら16行政区(選挙区)各区1〜4名となります。民意の反映は阻害され、とくに6選挙区が定数1ないし2となることで、少数者の議会進出が決定的に封じられます。議会の地位が致命的に低下することは明らかです。いま、これに反対する13氏の呼びかけによる署名運動が市民の中に広がっていますが、まことに、党派を超えた民主主義課題であるといえます。
 同時に、議員報酬の半減などの提案は、市民から拍手喝采で迎えられており、この両面、全体構造をよく見ておく必要があります。

民主的(?)独裁――住民投票を道具として使う市長
 議会改革は本来議会自身が自主的にやるもので、市長がイニシアチブをとっておこなうというのはもってのほかのことですが、それが、いま、現実に進められているのです。そして、それをするについて、河村氏側は、直接民主主義の制度を使って議会を屈服させ、市長案を実現させる、という手法を使おうとしています。ここに最大の問題があります。
 すなわち、まず、議会改革の市長案を提案し、議会がそれを否決したときには、市長案と議会自身が出す案のどちらが良いかを住民投票に諮るための条例を制定するよう直接請求で議会に迫り、議会がこれを否決したときには、今度は議会の解散を求める直接請求の署名運動に入る、というものです。このような住民投票、議会解散請求などの直接民主主義の制度は、本来は住民の武器ですが、それを今回は、権力者が強権的な政治体制をつくるために用いようとしているわけです。
 歴史上、住民投票・国民投票が独裁者の権力を正当化するために用いられたことは少なくありません。19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトは、自ら世襲の皇帝になるために国民投票をくりかえしました(プレビシットと呼ばれます)。この、民主主義による独裁の正当化という手法が、今日の名古屋で使われようとしている。ここに、状況の最大の危険性があると思います。
 こうした手法は、また、大衆迎合(ポピュリズム)を特徴としますが、河村氏の場合、その技術が卓越しており、今では、むしろ市民の方が河村氏に近づこうとする現象が目立っています。これまで、独裁者は、多く、民衆の拍手喝采の中から登場したことを改めて思い出しておきたいと思います。

議会の再生こそ
 このような河村「議会改革」は、国政において今進行している小沢=民主党「国会改革」が、官僚答弁の禁止、法制局長官の政府特別補佐人からの削除、政府・与党の一体化、そして比例定数削減と単純小選挙区制などをとおして議会の地位を低め、政府の権力を強めようとしている動きと響き合っています。つまり、地方自治体における統治構造の組み換えを名古屋から発信していって、国家機構の組み換えと合流していく、そのような位置にあると考えられます。
 こうして、いま、私たちには、地元の自治体で進行している重大な状況について、これを深くつかんで方針を立てることが待たれています。その場合、何よりも、議会が真に住民の声に応えられるものへと自己改革することが不可欠です。多くの市民が、くらしや福祉を守るためには議会がやはり必要なのだと認識するようになったとき、そのときにはじめて、勝利の展望が見えてくると信じます。
(愛知保険医新聞2010年3月15日号掲載)

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