核戦争に反対する医師の会

【14.07.05】核戦争に反対する医師の会・愛知32周年記念講演会・総会

ドイツの教訓から脱原発後の課題学ぶ

   「核戦争に反対する医師の会・愛知」は6月21日(土)の午後、協会伏見会議室で32周年記念講演会を行い、青木聡子(あおきそうこ)氏(名古屋大学大学院環境学研究科准教授)を講師に招いた。テーマは「ドイツにおける脱原発とポスト脱原発―原子力施設反対運動の軌跡と残された課題」、参加者は99人。
 ドイツは2011年、福島原発事故を受けて、2022年までに国内の全ての原発を停止させることを決めた。しかし、2011年がドイツの脱原発の始まりではなく、2000年の脱原発基本合意とそこに至るまでの運動が重要だったと述べた。その反対運動の歴史には2つの大きな転換点があった。第一は1970年代半ば、ヴィール原発の反対運動をきっかけにライン川で漁業者のボートデモやワイン農家によるトラクターデモ、敷地占拠や集会が多く行われるなど各地で原発反対運動が盛り上がったこと。
 第二は1980年代後半に、原発反対の政党が政権に入ったこと。1998年には、脱原発路線の政党が政権を持ち、2000年の原発基本合意に至った。
 脱原発を決めたドイツに残された課題は、使用済み核燃料や放射性廃棄物などの「核のゴミ」処分問題と、原発なき後の地域社会のあり方だとした。原発停止は、財政面や雇用に影響を与えており、原発立地地域は今後の対応を模索している。
 最後に、日本への示唆として、現在の電力供給や、地域の財政基盤への代案を示すなど、原子力マネーに依存する構造から脱して、ポスト脱原発を視野に入れた取り組みが大切だと結んだ。

総会で活動方針、代表など決める

 2014年度総会には、16人が参加し、原爆症の認定を求める被爆者支援の活動や、要請・抗議の取り組みなどの活動報告を行った。2014年度は、引き続き国際会議・大会の代表を派遣することや、2015年NPT再検討会議に向けた核兵器廃絶への取り組みを強めていくことなどの活動方針を決めた。また、世話人体制を変更し、浅野晴義氏を代表とすることが決まった。  

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