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【09.03.21】勤務医の会総会記念講演

「地域における医療供給体制の現状と課題−大学病院からの視点−」

名古屋大学医学部附属病院長
公立病院等地域医療連携のための有識者会議座長 松尾清一氏


 

国立大学病院の現状と課題

 前半は、国立大学病院の現状と課題を、後半で現在検討されている臨床研修制度の見直しの問題と有識者会議の行ったとりまとめについて話したい。

三つのミッション

国立大学医学部に課せられるミッションとして「教育」「研究」「診療」のカテゴリーがある。
医療に関しては高度医療の提供、先端的医療の導入、そして地域では砦診療機関として最後の砦の役割も担っている。
教育面では医師及びコメディカルスタッフの養成、教育研修。
研究は基礎及び臨床研究を推進し、明日を開くような新しい技術や学問体系を打ち立てること。臨床試験、特にフェイズ1とか2かなり基本的なものの推進が期待されている。
これらに加え、今、地域医療を支えるための貢献への期待が高まっている。ただ、これらへの評価の定量的な指標が無く、国立大学病院長会議で評価と努力目標となる指標作りにかかわり、6月には公表することになっている。

独立行政法人化の功罪

 平成16年に国立大学が法人化され大きな変化があった。良い変化としては、大学の人事権など自己決定権が大幅に拡大し、病院教授のポストを独自に設けたり職員の増員を病院長が決めることが可能になったこと、国立大学病院のスタッフとしての自覚が醸成されたこと、労働基準法のコンプライアンスのため労働環境が改善されたことなどがあげられる。
一方、経営面での変化は最も大きな影響を与えている。経営面の意識は良い面もあるが、行き過ぎた部分で、臨床に資源が集中し教育、研究に支障がでているとの指摘がある。また、経営面での努力により収入が増えたにもかかわらず、法人化後補助金が削減され、借金返済の負担がのしかかるなど国立大学病院が疲弊し、本来の使命が果たせなくなるのではと危惧される状況がある。

国立大学病院の現状

 三重大学の学長を務めておられる豊田長康先生(3月末に退官され、4月から学長顧問)が、国立大学協議会の中で病院部会を立ち上げ、努力しているのになぜ大学病院の経営は立ち行かなくなるのかを明らかにし、各地で現状をアピールされた。その資料から見てみたい。
大学病院長へのアンケートで、地域への医師の供給機能が低下していると思うと回答した病院長は平成15年度は4割弱だったのが平成16年度から急に増えて、平成19年度には7割以上となっている。
 教育機能への影響では平成17年、18年、19年と年を追うごとに機能が弱まっている。診療時間が増えて研究時間は減っている。法人化以降、診療のほうにかなりシフトして教育、研究の資源をそちらに投入してなんとか経営を維持しているためであろう。
他の資料だが、大阪府保険医協会が医師の勤務先による勤務時間の調査を行い、大学に勤務している医師の平均勤務時間は60時間から70時間で、毎日10時間、土日なしで働いている、という報告を読んだ覚えがある。大学は診療ばかりではなく教育も研究もしなければいけない。名大病院もまだまだ市中の基幹病院に比べると少ないが、平成20年度の救急患者が1万人を初めて超えた。法人化以降、入院患者、外来患者も増えている。収入の増加にはなるが、当然、診療時間も増えることになる。
研究の分野では、研究者数はともかく研究時間が明らかに減っている。豊田先生がトムソンサイエンティフィックのデータをもとに臨床医学論文数の推移を調べ、日本では法人化以降研究論文数が減っているが、世界的には研究論文数が飛躍的に増えていることを示した。
 国立大学病院全体で1兆円規模の財政投融資の借り入れがある。大学医学部の建物は国の支出だが、病院の建物は収入があるので法人が借金を返さなければいけない。全体で毎年1千億円ほど返している。この負担が最大の問題となっている。診療報酬のマイナス改定などいろいろな事情も重なり、このままでは国立大学病院のミッションが果たせなくなるのではないか。その結果、わが国の医学、医療全体に甚大な影響が及ぶというのが豊田先生の主張であり関係者は皆同感である。
 こうしたことを、私が病院長になった2年前に、国立大学病院長会議で予算獲得とか国立病院のやっていることを国民に知らせるアピールをもう少し戦略的にやったらどうかと呼びかけ、戦略ワーキングを作って去年10月にその内容をプレスリリースした。その中で、地方では圏域を越えて救急医療を支え、高度な医療を必要とする患者の受け入れ先として、最後の砦となっている国立大学病院の実態も伝えている。

8割近くの国立大学病院が赤字に

 2004年のデータで、全国の952自治体病院の88パーセントが赤字を出している。収支を見ると1000ベットで154億円の医業による収入と、それ以外にその他の収入として自治体からの繰り入れがあり、これを足しても赤字でさらに自治体が補填するということになる。
国立大学病院はどうかというと、1000ベッドでは195億円の収入となって、自治体病院を効率では上回っている。高度医療をやっていることもあるが、より重症の患者さんを看ているという証でもある。大学病院に紹介されて来る患者の治療には保険適用の出来ない薬を使わなければいけない場合が多々あり、非採算的な医療も数多く行っている。
 平成19年に単年度で赤字の大学が28大学。20年度は30大学。21年度は42大学のうち33大学が赤字になろうとしている。病院収入合計は一病院を除いて増えているが、キャッシュフローは赤字となる。その最大の要因は補助金が減る一方で、多額の借金を返済しなければいけないことだ。 
補助金は平成22年度になると法人化前の三分の一まで減るという、ものすごい削減のされ方である。病院の運営交付金は毎年、前年度に上積みして減っていくので、名大病院では毎年3億7千万円、昨年よりさらに減らされ、3年経つとだいたい20億円以上減っていくということになる。
借金の返済の約三分の一は補助金から返しているが、残りの三分の二は自己収入から返している。この分は、総収入の10パーセントぐらいになる。名大病院は約11パーセント、250億円ぐらいの収入のうち30億円ほどを自己収入から返している。民間病院では借金をして建物や設備を新しくすれば減価償却費として計上できる。しかし、国立大学では借金の返済をすべて支出としなければならない。返済の負担をかかえ、次の建て替えや新しい設備のための積み立てをすることもできない。これが最大の負担になっている。
最近の調査で、8割ぐらいの国立大学病院が医療の質や安全性の確保に悪い影響があるとし、9割以上が非採算的な高度医療、病院負担でやってきた新薬の開発など、保険適用されない分野が出来なくなると答えている。研究機能については、ほぼ100パーセントが低下するとして、教育機能にも影響は及び、豊田先生の2007年に取られたアンケートに比べて一層マインドとしては悪化している。

臨床研修義務化の影響

 九州大学の水田前病院長が中心となって国立大学病院の初期研修医、後期研修医、入局者数を調べた。国立大学病院の初期研修医数は平成16年度以降激減している。一方後期研修は若干増えている。入局者数は平成13年から15年までだいたい同じ数で推移していたのが、平成16年には入局者数が三分の一ぐらいに激減しており、平成17年もまったく増えず、平成18年から少し増えている。しかし、若干増えたとはいえ、リストラクチャリングがおきて、入局者が増えた大学、減った大学の格差ができたのではないか。国立大学から派遣した医師の数は絶対数としては増えている。引き上げた数が入っていないので地域としてどうかということはあるが、厳しい状況になっている。

国立大学病院の果たす役割を明確に

 国立大学病院が国民の信頼を受けて大学の本来の機能を果たすためにどういう課題があるか、国立大学病院が果たしているミッションを明確にして、社会に明らかにすることによって、必要な補助は国から受ける、そのルールを明確にする必要がある。国立大学病院は先端医療の開発普及に先駆的な役割を果たしてきたが、かなり危機に瀕しているという状況が生まれつつある。
 なぜ国立大学病院に補助金を出す必要があるのか、理解を得るには、自己変革をして国民にも価値がわかるように努力しないといけない。そのひとつとして国立大学病院の機能指標を作ろうと取り組んでいる。

初期研修後の研修医の動向

 平成19年10月1日現在で、病院に勤務する医師数の人口十万対比のデータを見ると、東海地方は下位から10番目前後までに入っており、全国平均を大きく下回っており、圧倒的に医師が少ない地域である。その中で、救急体制を維持してきているのは、医師の努力による部分が大きいと言えるのではないか。
名大病院関連病院卒後臨床研修ネットワークの病院の定員とマッチ数を見ると、マッチ数、採用数も平成18年がピークで500人近くとなった。新臨床研修制度以前は300人ほどであったので、170人から200人ぐらい増えたことになる。3年目に移行するときに研修医がどのように移動したか、医局と関連病院の先生方の協力でアンケート調査を行った。平成18年、回答があった497人の研修医のうち293人が継続して同じ病院に残り、190人が移動した。新規に採用した研修医が103人、他はネットワークの外へ移動したことになる。だいたいこの比率は毎年同じで、6割が同じ病院に残り、2割はネットワーク内の他の病院に移る。あとはネットワーク以外となる。平成16年度に全国の大学の入局者数が三分の一に激減したが、名大はあまり減らなかった。平成18年以降はむしろ増えている。関連病院で開業される方があって苦労している面はあるが、引き上げで迷惑をかけることは少なかったのではと思っている。

臨床研修制度見直しは問題・基幹病院に大きな影響も

 今、卒後臨床研修システムの見直しが行われようとしているが、個人的には問題があるのではないかと危惧している。もともとこの新臨床研修システムはすべての医師に必要な基本的な技能を修得させることが目的だった。今度の見直しでは、そのことの評価がまったく入っていない。研修を教育・指導する側の施設の評価、研修の質に関する検討評価もされていない。ただ医師不足だから変えようという、本来の趣旨とかけ離れている。根本的なところの議論がされないまま、医師不足対策のために研修医制度が利用され、すべての責任を求めるかのように思われてならない。
 都道府県ごとの定員上限が決められ、病院ごとの定員も一定の方程式があって固定されている。これがどういう結果を及ぼすか深く検討されておらず、我々の検討によれば、愛知県に甚大な影響を及ぼすのではないか。初期研修が始まったときあまりの影響の大きさに驚いたが、今回もそうなるのではないか。
都道府県ごとの定員の他に、各病院の枠を求める式があるのですが、愛知県ではこれまでの最高実績の70パーセント程度となる。かなり大きな混乱をもたらすのではないか。基幹病院で研修医も含めて救急体制を維持してきたようなところは、地域で大きな影響を受ける可能性がある。京都府が反対という声を上げているが、愛知県でも声をあげていく必要があると思っている。

若手医師育成のための新たな取り組み

一方で東海地方7大学まとまって、若手医師に専門医取得までのキャリアパスを明示し、大学と市中の関連病院と協力しながら、専門医にたどりつく道筋を明示しようという、文科省の支援を受けた事業が予算化された。研修医がキャリアパスを選択し、自分がどの位置にいてあと何をすれば良いのか明確になる、研修医自身も教育する側も大学も関連病院もきちんと認識するプログラムとして今年からスタートする。

有識者会議設立の経緯

最後に、有識者会議がまとめた報告について、コンセプトと経緯について話したい。
一昨年の12月に総務省が、主に病院経営の立場から改革のプランを出しなさいという通達を出した。これに対して、各病院が、医師の確保を前提とした改善プランを出しても事態は解決しないので、この際限られた資源を有効に使うために、もう少し積極的に地域医療の観点から県として取り組むべきではないかと話をして、有識者会議の設立ということになった。
公立病院の経営改革というのは地域医療の確保と両睨みでないと、経営の問題だけでは地域に混乱を起こす。有識者会議は地域医療の確保を重視するということを最初に話をした。さらに、一定期間に結論を出すために、最も緊急に確保しておく医療の分野は何なのかを検討していただいて、特に救急医療体制の確保が重要であり、各医療圏ごとに365日24時間体制が取れる病院が複数あることが望ましいということになった。
救急医療の対象も、脳卒中、心筋梗塞、多発性障害、急性消化管出血この4つの疾患をモデルとして、去年の8月から9月にかけて各圏域で議論した結果を有識者会議に上げもらった。そして有識者会議で議論をし、もう一回意見をつけて各圏域にお返しをし、修正された案についてまとめた。
昨年末にマスコミ報道されてから、個別にもいろいろ意見が寄せられた。何もやらないとおそらく立ち枯れになってしまう、少し積極的に働いて大学が果たすべき役割を果たそうということでこのまとめになった。

連携実現への道筋づくりと評価を

通常はこういう提言をまとめると会議は解散となるが、せっかくこれを作ったのだから実現への道筋をつくるまで有識者会議を存続することになった。
産科医療と小児科医療は有識者会議以前に、社会的に問題になっていたので、先に有識者会議があってそれぞれに結論を出している。それについても4月以降にすり合わせをすることになった。 
提言を実現するためにそれぞれの立場からから何ができるかを、今後の方向性というところで12月にマスコミ報道されたものからさらに踏み込んで、2月25日の最終報告には詳しく書いている。

公立病院の設置者にもとめられること

 市長、あるいは病院長を含めてとなるが、勤務医の労働環境の改善に積極的に取り組んで欲しい。医者が増やせない状況でも、リスクマネジメント、感染症対策など周辺の負担を軽減するよう、メディカルクラークや専門職員を増やすなど対応を期待している。女性医師の働きやすい環境整備も可能なことであろう。
病院長が人事や給与について裁量できるよう権限を強めることも必要であろう。

地域の医療機関にもとめられること

医師会の先生よると当番制は職員の確保など負担も多く、定点方式での協力などが模索されるが、すでに特筆すべき地域医師会と中核病院の連携の取り組みがあり広げていただければと思う。

大学に求められること

大学に求められることが一番多い。中核病院に優先的に医者を配置するために、各大学に地域医療確保のための委員会を設置してもらう。名大は昨年4月に設置して報告が出るたびに病院部長会に協力を呼びかけたり、説明を行っている。
愛知県の中核病院への医師派遣は、各科の調整のために大学間の連携も必要である。有識者会議は存続するが、大学病院プラスアルファの協議会を設置する準備をしている。
中核的病院と位置付けられた病院には人が集まってくるが、次にはその連携先となる病院の医師の確保が大切になる。中核病院から連携先にさらに医師を派遣するような場合があっても大学が柔軟に応じて欲しいとの要望がありそれに応えていく必要がある。

県に求められること
 
今回は県が積極的に医療圏ごとの調整役として動いた。さらに、平成22年度の地域保健医療計画の見直しに際してに反映するよう求めた。
医師派遣の調整機能についてはまだ具体的なものがなく、これから検討する課題になっている。
 有識者会議を存続し評価を行っていくが、県の情報収集能力に期待している。
これらの他に、報告に加えれば良かったと思われることは、医療環境が変化するので定期的に見直しをする必要があること。医師がもっと手術をしたい、救急を受け入れたいと思っても、看護師不足が深刻でこの確保も一緒に検討しなければ行けない。医師、看護師以外のマンパワーとしてメディカルクラークや患者搬送係など充実が必要であろう。
こういう経験を全国に発信し、それぞれの取り組みを交流していきたい。
 
医療のグランドデザインを

 国立大学病院の現状や公立病院問題を考え解決を模索するが、日本にはどういう医療を求めていくかグランドデザインがなくて迷走している感じがする。財源や負担の問題も、グランドデザインに盛り込まなければいけない。これを決めたら行程やスケジュールを決めて着実に行っていく必要がある。評価指標も作らなければいけない。これを最終的に決めるのは国民であるが、そのために正確な情報を伝えていかなければいけない
日本人は日本の医療が最高だと思ってきたが、東アジアの巨大病院で最先端の治療を受けた日本人の評価はまったく変わっている。知らないということは問題である。保険制度などの違いなどももちろん踏まえたうえで、国際化を意識して日本の医療を考えていかなければけない。

以上

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