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【06.08.11】李啓充氏講演(前編)

「医療変革の時代を超えて」 -講演要旨-(前編)


 2006年8月11日(金)夜7時から、愛知県保険医協会と愛知県民主医療機関連合会の共催で、李啓充医師を招き「医療変革の時代を超えて」をテーマに講演会を開催した。講演要旨を二回に分けてお伝えする。(文責事務局)

 先ほどアメリカから中部国際空港に着きぎりぎり講演に間に合った。イギリスのテロ事件のためにセキュリティの前に長蛇の列ができ出発が遅れてしまった。行列に並びながらこれはhardshipいわゆる本当の試練とか困難ではではなく、ただのinconvenience不便だから腹をたてては行けないと自分に言い聞かせながら順番を待っていた。今、日本の医療の状況を見ると患者さんに及ぶ影響がinconvenienceの程度を超えてhardshipになろうとしているのが非常に怖い。
 患者さんにhardshipが及ぼうとしていると言ったが、今時代が厳しいから医療の原点、医療の倫理というものを武器にして敵と立ち向かわなければいけない、それが今日の話の趣旨である。

新医師憲章

2002年2月アメリカとヨーロッパの内科学会が今の時代に必要な医療の倫理とはどういうものであるかを文書にした「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム―医師憲章―」を出した。医師憲章の冒頭に「現状に対して医師達は強い危機感を抱いている。特に社会的、経済的圧力で、医師が本来の責務を果し得ないような危険な状況ができつつある。こういったことに対して医師は今一度医療の倫理、医療の原点に立ち返って再確認しなければならない」と書かれている。医学会新聞でこの文書が出た直後に紹介をした。医学界新聞のホームページ(※)で読むことができるので参考にして欲しい。
今、どのような厳しい状況が起きつつあるのかということから始める。

※医学書院ホームページから医学界新聞バックナンバー2002年2480号「続・アメリカ医療の光と影 第一回新ミレニアムの医師憲章−連載再開にあたって」参照
(http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/nwsppr_index.html)

何故医療倫理なのか

 日本で医療制度改革論議が盛んに行われているが、その特徴をみると、まず、医療費抑制のみが声高に論じられている。「骨太の方針」では「医療費の適正化」という言葉にすり替えられているが、本音は経団連が何年も前から言っている、社会保険の企業負担分を減らしたいということ。一方、医療分野のビジネスチャンスの創出を目指している勢力が医療の規制改革を主導している。これは宮内氏が議長になっている規制改革民間開放推進会議が中心となっている。株式会社の病院ができたら患者の選択の幅が広がってよい、混合診療も解禁するのだと言っている。
 こうした二つ動きに対して、患者の権利をどうやって保障し医療の質をどうやって向上させるのかということが背景に押しやれているというのが日本の医療制度改革論議の特徴ではないか。公的給付を減らしてビジネスチャンスを増やす。二階建て医療保険制度を、つまり米国の形をまねした医療保険制度を目指している。これを怖いと思わないで何を怖いと思うのか、やはり医療の倫理の確認が必要になる。

国民負担率というごまかし

 社会保険料と租税負担が国民所得の内どれだけの割合を占めるかを国民負担率という。ただし、アメリカでこの言葉を聞いたことはない。日本の政府だけが使っているが、さらに財政赤字を潜在的国民負担率と呼んでいる。他の国はどうかというと日本並みに国民負担率が低いのはアメリカしかない。先進国はみな国民負担率が高く、スウェーデンは七割になっているが、非常に社会保障が行き届いた国として満足度が高いことが知られている。国民負担率が高いからその国の国民が不幸だということはないのだが、何故か日本では国民負担率をあげないことが自明の公理のことのように言われている。
そして、租税と社会保険料が高いと言うこと強調する一方、給付が低いと言うことを国民の目から隠している。納めた税金のどれだけが社会保障に使われているかという社会保障還元率を見ると、スウェーデンの国民負担率は71%だが還元率は75.6%になっている。日本は41.6%しかもどってこない。日本より小さな政府が進んでいるアメリカでさえ53.2%還元している。返していないことの方が問題なのに、負担率だけを問題にして、ただでさえ低い医療費の公的給付を抑制し、ただでさえ低い還元率をさらに下げようとしている。
 さらに分担の不公平を隠蔽している。GDPに対して社会保険料、租税をどれだけ分担しているかという企業の公的負担率はフランスが14%、日本は半分の7%で先進国の中で一番低い。
 国民負担率は実態を反映しない。五十歳自営業者四人家族で課税収入700万円という事例で、実際の負担がどうなるのか日本とアメリカを比較してみる。一番違うのは医療保険負担。日本は国保で上限61万円を支払う。アメリカは民間の医療保険に入るので保険料は230万円になる。マサチューセッツ州のごく一般的な民間保険に加入しようとすると月1600ドル払わないと加入できない。これを払えない人は無保険になる。ここで気をつけなければいけないのは民間の医療保険なので、租税とか社会保険料という範疇には入らず国民負担率には入らない。国民負担率は国民の負担の実態を現していない。アメリカで700万円の年収があって、税金や保険料を払っていくと500万円が消え、残りの200万円で食べていかなければいけない。これがアメリカの民を増やした制度の仕組みである。私はアメリカでも一番老舗の民間医療保険に入っているが、昨年の10月に06年から保険料が三割上がると通知があった。国保料を三割上げたら政変になるが、民間の企業だからこういうことができる。

国民負担率を下げると国民負担は増える

 これは覚えておいて欲しいことだが、国民負担率を下げると国民の負担は増えるということ。勤務している人は保険料の半分とか三分の二を企業が負担するが、自営業者、有病者は保険にはいることが困難になっていて、無保険の人が増えてくる。現在アメリカで無保険の人は4580万人になっている。国民の7人に1人が無保険になっている。
 民間の医療保険では、弱者とくに高齢者が切り捨てられる。高齢者は今公的医療保険でやっているが、1965年まで老人が医療保険に入ろうとすると高額な保険料のため高齢者の二人に一人が無保険という時代が続いていた。もし無保険の人が脳卒中で倒れたりして医療を受けると、家を売ったり借金をしたりということが日常茶飯事になっていた。これではいけないということでジョンソン大統領がグレートソサエティという公約をかかげ高齢者が安心して暮らせるように税金で高齢者医療を行うことを公約に掲げて1964年の大統領選挙に大勝した。それがメディケアという制度で、その時に同時に民間保険には入れない低所得者用に作られたのがメディケイドである。これも税金で運営している。ほぼ8000万人をカバーしているが、なおかつ4500万人もの人を救いきれずに無保険にしているというのがアメリカの現状である。
 日本とアメリカ医療費を比較するとGDPとの比較でアメリカは14%、日本は8%にすぎない。一人あたりアメリカの5000ドルに対して日本は2100ドルしか使っていない。公的負担は限界に達していると財界、財務省はいうが、税金の負担は国民一人あたり日本690ドルだが、アメリカは2300ドル使っている。アメリカの税金分で日本の医療費全部払っておつりが出る額である。

二階建て医療保険の悪性サイクル

 民の医療保険というのは非効率的にできている。民間保険は株式会社が経営しており、儲けをあげないと株価が下がってしまう。100の保険料に対してどれだけ医療費を払うか、これをメディカルロスというが、これが85を超えると経営が下手だと評価され株価が下がる。アメリカの保険会社は81というところで会社を運営している。メディケアは100の税金に対して98を医療費として患者に返している。98と81のいずれが受け手にとって良いかと言えば誰にでも分かるはず。
 さらに利幅を上げるためにコスト削減をするため利用審査がある。手術や入院が必要となった場合、保険会社から事前の許可を取らなければ保険給付をしてもらえない。たとえば乳ガンの手術が必要だと主治医が電話をすると一日だけ認めましょうと返事が返ってくる。一番厳しかったころの話で、今は乳ガンの相場は二日となっているが。脳卒中は一日で状態を安定してリハビリに移せと。冠動脈バイパス手術四日、心筋梗塞四日となっており、四日で退院できなければまだ退院できませんとお伺いをたてる。乳ガン患者が二日で家に帰るとなるとドレーンが入ったままになる。モニターを誰がするのか、患者本人や家族が受け持たされる。患者家族へのコストシフトになる。これは医療費には出てこない負担である。
公的支出が増える二番面の理由は、民間保険会社が行うサクランボ摘みにある。病人を保険に入れず、健康な人だけ、良いところだけ摘んで入れれば医療損失を減らすことができる。公的負担がますます増えるとサービスカットで対応しなければ行けない。サービスカットすると公的保険加入者が準無保険化する。たとえばユタ州ではメディケイドで外来はカバーするが救急外来、専門医受診、入院は保険給付を認めない。患者に入院が必要になったら医師や病院の慈善に頼る。これでは保険とは言えない。しかし、無保険者や準無保険者が死にそうになれば放って置くわけに行かない。マサチューセッツ州では無保険の人にかかった医療費を州政府が三分の一、病院の団体が三分の一、保険会社の団体が三分の一払う。保険会社も負担するので、無保険者の医療が増えて行けば民間会社の保険料があがる。そうすると無保険者が増えてくるという悪性サイクルができる(図)。民と公の二階建てにするとお互いに首を絞め合ってしまう。これがしっかりした公の保険一つであればこのような悪性サイクルはおこらない。

 

保険に入っているとディスカウント契約された医療費で請求されるが、無保険の人が病気になると定価で請求される。虫垂炎で非営利の病院に入院する場合、無保険の人は一泊の入院で14000ドルの請求があり、さらに手術をした医師から2500ドルの請求書がくる。しかし、保険会社は病院に対して2500ドルしか払わず、執刀医に対しても500ドルしか払わない。あらかじめ値引きの約束をしている。保険ごとにも値段がかわる。低所得者用のメディケイドで虫垂炎の手術ではドクターに160ドルしか支払わない。こうなるとメディケイドの患者お断りとなる。アメリカのメディケイドの患者はまず手術してくれる医者を捜さなければいけない。これはinconvenienceではなくhardshipである。なぜこういうばかげたことがおきるかというと官製市場を打破したことによる。ニューヨーク州では州法で30%以上のマージンをつけて請求しては行けないと医療費の定価を規制していが、これを1997年に市場原理でやりなさいと開放した。病院は保険会社からの値引き交渉のため、あらかじめ定価を高めに設定する。たとえば87%のマージンをつけて定価を決める。カリフォルニア州では178%までいった。定価請求の無保険者にはコストの三倍近い価格で請求する。無保険者は借金を残すが、これが複利で増える。病院がこれを回収せず取立て業者にまかせる。個人破産の原因を調べると負債先が病院というのが第二位になっている。一位はクレジット会社。さらに個人破産の半数を超えるケースで本人や家族の病気が関わっていたことが分かっている。病気になると破産しなければいけない。

株式会社病院の実態

 さらにアメリカの株式会社病院の実態はひどいものがある。テネット社という有数の病院チェーン、売り上げは1兆7000億円、利益が1200億円という優良な経営をしてきた。どうやって大きくなったのか。まず、競合相手の病院を買収して閉鎖すると言うことまでして強引な寡占化をする。競争相手がなくなると、非営利病院の何倍近い定価で医療を行っても他に病院がないので患者が来る。看護師を辞めさせ看護助手という無資格者を雇う。不採算部門の科を閉鎖する。ついには、病院ぐるみによる不正請求も行う。テネット社も不正請求が発覚し株価が暴落したが、その後さらに、チェーン病院の一つで何の病気もない何百人もの人に冠動脈のバイパス手術をしていたことが発覚してFBIの強制捜査を受けた。このテネット社を作ったCEO、ジェフリー・バーバコウがストックオプションで得た株を1億2000万ドルで売却し巨大な利益を得た。当然株主は怒ってぼろ儲けした金を返せと株主訴訟を起こしたが、返さないと拒否した。こういう人がアメリカの株式会社病院を経営している。
 企業犯罪が多いといったが、HCAという非常に大きな病院チェーンでは不正請求で政府と2000年に970億円、2002年にも1050億円と高額示談を二度も行った。HCAを創設したトマス・フリストJrの弟も外科医でビル・フリストというが共和党の上院院内総務で、日本に株式会社病院の規制緩和を要求している。2005年6月にHCAの株が暴落する前に株を売り抜けインサイダー取引の疑いをもたれた。こういう人たちがアメリカの政府上層部にいて対日要求をしてきているのだと言うことを忘れてはいけない。
 次のようなデータもある。十年間3645の病院を対象にした調査があり、この間に133三の病院が非営利から営利病院に、81の病院が営利から非営利の病院に変わったが、その前後で死亡率がどうかわるか調べた。非営利が営利になると死亡率が五割増えて、営利から非営利に変わると二割減るというデータが出た。お金はどうなのか、株式会社になると二割増える、株式会社から非営利になるとあまり変わらない。規制改革会議の言っていることと逆のデータが出ている。

郵政民営化の次は医療制度改革という外圧

 医療改革への外圧を話さなければ行けない。昨年四月のアエラに郵政民営化の次は医療改革という記事があった。アメリカ政府が毎年日本に要求している年次改革要望書が最近話題になっている。その次のターゲットが医療改革で、二つ大きな目玉がある。一つは混合診療の解禁、もう一つが株式会社の病院経営参入。アメリカの巨大資本の株式会社病院が日本に来た場合、この資本力に勝てる病院は日本にはない。
 「民」と「公」の違いをまとめると、民中心のアメリカ型は応益負担になる。これは受けるサービスを受益者が負担すれば良いという考えだが、不平等・不公平であるだけでなく社会全体の医療費負担も増大させる。「公」は西欧、日本型で、応能負担で、能力のある人に多めに払ってもらう。平等・公平であるだけでなく、社会全体の医療費負担も安くなる。日本で財政が苦しいというのであれば、企業の社会保険料負担も引き上げられるのではないか。まだまだ患者負担の自己負担を増やさなくても収入が増やせるのではないかと思う。ここまで厳しい状況を話した。これから医療倫理の問題に話を進めたい。

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